佐々木譲『新宿のありふれた夜』角川文庫 1999年

「名前も年も違っていたって,わたしはわたし以外の者じゃないもの」(本書より)

 スナックの雇われマスタ・郷田克彦が,10年勤めた店を閉める夜,ひとりの女が店に逃げ込んできた。彼女の名前はメイリン,戦乱のベトナムを逃れてきたインドシナ難民。同夜,暴力団の組長が射殺され,その犯人を追う血眼になってヤクザと警察。二重三重に包囲された新宿歌舞伎町から彼らは脱出できるのか?

 この作者の久しぶりの文庫化,ということで本書を手にしたのですが,どうやらずいぶん前に出た作品のようですね。舞台も1983年ですし・・・。もとのタイトルは『真夜中の遠い彼方』だそうです。
 さて本編は,6月のある土曜日,その夕刻から深夜までの「ワン・ナイト・チェイス」を描いています。物語の舞台を短い時間に設定することによって,ストーリィに緊迫感を与える手法は,まさにこの作者の「お家芸」といったところでしょう。
 また複数の視点―10年以上,新宿からほとんど離れていない郷田克彦,ベトナムからタイ,そして日本へと,国籍を偽り,名前を変え,生きていくメイリン,暴力団組長の殺害容疑者として彼女を追う戸井田組と,新宿署の刑事軍司―からストーリィを交互に描き出し,ニアミスを繰り返しながらクライマックスへと導いて行くところは,サスペンスものの常套といえましょう。
 さらに郷田とメイリン―片や生きているんだか死んでいるんだかわからないような(笑)男と,片やしたたかでたくましく,不条理で残酷な「世界」を強い意志でもって泳ぎ切ろうとする女という,対照的なふたりのキャラクタをメインにすえ,メイリンとの出会いが,郷田の再生へとつながっていくという風に展開させるところは,冒険小説でしばしば見かけるモチーフでもあります。
 そういった意味で,本編はじつにオーソドックスなサスペンスであり,また冒険小説といえるのではないかと思います。

 ただ,この作者は良かれ悪しかれ「知的な作家」であり,また『不夜城』『新宿鮫』などが出ている現在の眼からすると,なんというか,こう,「新宿」の持つおどろおどろしいまでのパワァというか,迫力みたいなものに,やや欠けている憾みがないでもありません(もっとも,わたしにとっての「新宿」は,限りなくフィクショナルな街ではありますが・・・(^^ゞ)。また1983年という,狂乱のバブル時代以前という時代設定も関係あるのかもしれません。
 しかしだからといって,この作品の,スピード感あふれる,ぐいぐいと読ませていく魅力はけして損なわれるものではないでしょう。

98/06/23読了

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