馳星周『不夜城』角川文庫 1996年

 台湾の,上海の,北京の,福建の,そして香港のチャイニーズ・マフィアが暗闘を繰り広げる新宿歌舞伎町に,“おれ”のかつての相棒・呉富春が戻ってきた。上海マフィアのボスの片腕を殺し,姿を消していた呉。「呉を探し出せ,さもなくば・・・」と脅された“おれ”は,生き延びるために,夜の新宿を疾駆する。呉のもと恋人・夏美とともに・・・。

 いわずとしれた『このミス'97』のぶっちぎり1位の作品です。この夏に映画化かされるということで,単行本からわずか1年半で早くも文庫化。社長が変わっても商売のやり方はあんまり変わらないらしいですね(苦笑)。

 「ハード・ボイルド」という風にも聞いていたのですが,どちらかという「クライム・ノヴェル」という感じですね。出てくる連中,出てくる連中,小物大物,敵味方,とにかく悪党ばっかし(笑)。台湾華僑のボスで,煮ても焼いても食えない狸爺・楊偉民,上海マフィアのボス元成貴とその手下で冷酷かつ有能な殺し屋・孫淳,北京出身の新興ギャングは崔虎一派と,いずれも隙あらば相手の寝首を掻き切ろうと虎視眈々と狙っている連中です。
 そして主人公の“おれ”劉健一,台湾人の父と日本人の母親を持つ“半々(バンバン)”,日本人社会にも台湾人社会にも帰属することができない彼は,身ひとつで,新宿ダークサイドを生き抜こうとしています。そのためならば,友人を裏切り,恋人を殺すことをも厭わない。いや,友人も恋人も作らず,他人をけっして信用しない。それが,弱肉強食のジャングルで,互助組織であるとともに防衛組織でもある集団に属さず(属せず),牙を持たない主人公が生き延びていくためには,必要不可欠な知恵であり,戦略なのでしょう。また謎の女・佐藤夏美も,彼と同じ“臭い”を持つ女です。それゆえに彼らは惹かれ合い,傷つけ合い,殺し合うのでしょう。
 しかし,この作品で描かれる“悪党”は,単なる役割としての“悪党”ではありません。“敵”としての,あるいは“正義”に対置される“悪”ではなく,独自の存在としての“悪”です。作者は主人公の生い立ち,過去を丁寧に描き出していきます。“半々”として差別され,一時は祖父とも思っていた楊偉民から裏切られ,暴力的な母親から殴りつけられ,あまつさえ捨てられた過去が,ストーリィの合間合間に挟み込まれていきます。いわば,なぜ主人公は“悪党”になったのかを,ことさらに倫理的に裁断するようなことをせずに描いていきます。言い訳も,弁明もない,宿命としての“悪”,だからこそ,この主人公,そしてこの物語は,救済もカタルシスもないストーリィながら,鈍く暗い輝きを持っているのかもしれません。

 ストーリィ展開も,呉富春を探し出すための3日間のタイム・リミット,生き残るために劉健一が張り巡らすあの手この手,謎の女・佐藤夏美の正体,クライマックスでの裏切り,どんでん返し,銃撃戦,さらに主人公と夏美とをめぐる運命的な悲劇と,山場が盛りだくさん,一気に読み通すことが出きる作品で,楽しめました。

98/05/02読了

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