藤沢周平『刺客 用心棒日月抄』新潮文庫 1987年

 藩主毒殺に端を発した藩内の政権抗争は,青江又八郎の活躍により,ようやく沈静化し始めた。しかし陰謀の黒幕・寿庵保方はあきらめを見せない。みずからの隠密組織を作り上げるため,藩古来の隠密“嗅足組”殲滅を計画し,佐知たちを狙って刺客を放つ。又八郎は,佐知の父親にして嗅足組頭領・谷口権七郎の命を受け,三度,江戸へ向かう・・・

 『用心棒日月抄』『孤剣』に続く「用心棒日月抄シリーズ」(あるいは「青江又八郎・大江戸暴れ旅シリーズ」(笑))の第3作目です。またまた青江又八郎は江戸に向けて脱藩します。今回は,前作以上にプロット的にシンプルになった感があります。つまり“嗅足組”抹殺を命ぜられた刺客グループと,又八郎&佐知との死闘という流れと,又八郎の用心棒稼業のエピソードという,ふたつから構成されます。おそらく,又八郎と佐知との交情というのも,ひとつの眼目になっているのでしょうが,どうも根が朴念仁のyoshirですので,そちら方面には,あまり関心が向かないようで・・・^^;;(個人的には,第2作『孤剣』における男と女の関係になる前の,又八郎と佐知との関係が好きだったんですけどねぇ・・・)
 それはともかく,シリーズものの楽しみのひとつに,メイン・キャラクタたちの再会シーンがあるのではないでしょうか。とくに今回は,そのものずばり,2編目の「再会」の冒頭シーン,又八郎が口入れ屋相模屋吉蔵の店に入ってくるところ,そして細谷源太夫との再会のところを読むと,「さあて,いよいよ始まったぁ」という感じでワクワクしますね。それは,子どもの頃に見た『ウルトラQ』で,オープニング・テーマが流れるときに感じたワクワク感に通じるものがあります。

 さて,上に書きましたように,本作品は寿庵保方が派遣した刺客グループとの死闘と,用心棒稼業のふたつの柱から成り立っています(わたしとしては両者をもう少し絡めて描いて欲しかったのですが)。前者はオーソドックスな「剣戟もの」ですが,その描き方がじつに渋いです。というのも,刺客グループにしても,又八郎にしても,ともに「戦う理由」をけっして多く語りません。たとえば「梅雨の音」での杉野清五郎,あるいは「隠れ蓑」での成瀬助作,そして刺客グループの頭目にして,一番の剣の使い手筒井杏平。又八郎と出会うことは,そのまま斬り合いになること,命の奪い合いになることを,いずれも十二分に承知しています。ですから,みずからの「正当性」や「理屈」はこねません。お互いに「仕事を果たす」ことに命を賭けた「プロ」としての侍の姿を描いているように思います。勝手な造語ですが,「サムライ・ハードボイルド」とでも呼べそうな雰囲気を持っています。
 もう一方,用心棒稼業のエピソードは,例によって手慣れたものです。強突張りの老婆おみねと,気の触れた孫娘おきみから用心棒を頼まれるという「襲撃」,吝嗇な商家の旦那の護衛を頼まれたものの,その裏に思わぬ企みが潜んでいた「隠れ蓑」,はるか昔に島流しにあって死んでしまった男に怯える老人を描いた「薄暮の決闘」など,いずれもお得意のミステリアスな設定と展開で,ぐいぐいと読ませていきます。

 ところで,今回で一連の「お家騒動」の大元である黒幕が死に,てっきりこの巻でシリーズ終了かと思っていたのですが,もう1編『凶刃』という作品があるようです。今度は,いったいどんな理由をでっちあげて(笑)又八郎は江戸に向かうのでしょうね?

01/03/17読了

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