藤沢周平『用心棒日月抄』新潮文庫 1981年

 頃は元禄,藩主毒殺の奸計を耳にし,その一味のひとりにして婚約者の父親を斬り,藩を出奔した青江又八郎は,江戸の空の下,つぎつぎと襲いかかる藩の刺客を倒しながら,用心棒としての日々を送る。そして知らず知らずのうちに,彼は赤穂浪士と吉良方との暗闘に巻き込まれていき・・・

 言うまでもなく,時代小説のビッグ・ネームでありますが,初見です。あまりにビッグ・ネームだと,どの作品から手をつけていいのかわからないところがありますが,本作品は,先日,掲示板で話題になりました。NHKの時代劇『腕におぼえあり』の原作とのこと(といっても,見てないんですが^^;;)。浪人青江又八郎を主人公にした,10編よりなる連作短編集です。

 とにかく「おもしろかった」というのが読後の第一印象です。そして「巧い」とも。そう,設定の巧さがこの作品をじつに魅力的なものにしています。
 青江又八郎は,口入れ屋・相模屋吉蔵から,仕事をもらって,用心棒稼業で日々を送っています。用心棒ですから,時代小説お得意の剣戟シーンはてんこ盛りでありますが,それとともに,「なぜ雇主は,用心棒を必要とするのか?」という謎が盛り込まれており,各編のストーリィ展開にサスペンスを与えています。たとえば「犬を飼う女」では,商家の妾から,何者かに殺されかかったことのある犬の警護を依頼されます。また「娘が消えた」では,連れ去られた娘の行方を追い,「夜の老中」では,家人に行き先を告げずに夜歩きする岩槻藩の老中の姿が描かれます。いずれも謎が提示され,それが物語を引っぱっていく構成になっています。とくに「内儀の腕」は,商家の女主人の警護を依頼されますが,狙われる理由を教えてくれない,そこで又八郎は,友人の細谷源太夫に頼んで,いろいろと裏を探ります。ところが,その調査結果が肩すかしを食らったような展開を見せておいて,ラストで見事にツイストを効かせます。比喩として適切かどうかわかりませんが,どこか「警察ミステリ」のような手触りを感じました。
 さらにこの又八郎,人を斬り,脱藩したという設定です。それも藩主毒殺の陰謀という秘密を握っているため,国元から凄腕の刺客がつぎつぎと襲いかかります。その刺客との迫力ある対決シーンも楽しめますが,それ以上に,その設定がストーリィに巧みに織り込まれており,たとえば「娘が消えた」では,不意に襲いかかってきた刺客のために,又八郎は娘をさらわれてしまいますし,「吉良邸の前日」では,空腹のため危機一髪で刺客の手を逃れた又八郎は,仕方なく赤穂浪士討ち入りが囁かれる吉良邸の警護につく,といった具合です。
 そして設定の巧みさのもうひとつは,上に書いたような「赤穂浪士討ち入り」を,又八郎の用心棒稼業に上手に絡めているところでしょう。それも,又八郎をどっぷりと討ち入り事件に漬け込ませるのではなく,事件から少し身を引いて,傍観者的でもあり,かといってまったく部外者でもない,そんなスタンスに立たせることで,「外から見た忠臣蔵」を描いてみせます。「梶川の姪」「夜鷹斬り」「代稽古」などで,浪士側,吉良側,さらに幕府がらみの暗闘,策謀を短いエピソードで見事に切り取って見せます。
 つまり,用心棒をめぐる謎,国元からの刺客との対決,赤穂浪士討ち入り事件という,3つの設定を上手に重ね合わせ,絡み合わせながら,一編一編はもちろん,連作全体としても緊張感のある作品に仕上げていると言えましょう。

 それと付け加えるならば,この作者の描く剣戟シーンは,けれん味たっぷりでいいですねぇ。とくに好きなのが「娘が消えた」での,ふたりの殺し屋を相手にした橋上での対決シーンと,「内儀の腕」での,前後を挟まれた路地からの又八郎の脱出シーンです。
 それともうひとつ,口入れ屋の相模屋吉蔵や,同じ浪人の細谷源太夫,謎の密偵おりんなど,個性豊かな脇キャラ群も本作品の魅力となっています。個人的には,狡っ辛いくせに,妙に憎めない吉蔵が好きです。

00/04/13読了

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