藤沢周平『孤剣 用心棒日月抄』新潮文庫 1984年

 汚名をそそぎ,無事に藩に戻って三ヶ月,青江又八郎は,ふたたび江戸へ向かう。藩主毒殺の証拠書類を持って逐電した大富静馬を探し出すという密命を帯びて・・・しかも公儀隠密が事件を嗅ぎつけ,暗躍し始めている。密命ゆえ,藩からの援助が期待できない又八郎は,用心棒稼業を続けながら静馬を追うが・・・

 『用心棒日月抄』の続編であります。今回は,藩の存亡に関わる連判状を持って逃げた大富静馬を探しだし,連判状を奪取するという目的が,物語のメイン・ストリームとなっています。前作にちらりと登場した藩江戸屋敷の佐知という“くのいち”が,青江又八郎をサポートします。というか,静馬探索の仕事はほとんど彼女がやったんじゃないか,というくらいの活躍です。又八郎は,いつも「いいトコ取り」という感じがしないでもありません(笑)。
 一方,その又八郎,藩からの密命とはいえ,藩内での派閥抗争はいまだ終息せず,彼の江戸滞在に対して,藩からの金銭的援助はまったくといっていいほどありません。そのため,旧知の口入れ屋相模屋吉蔵を頼って,ふたたび用心棒稼業で糊口をしのぐことになる,という設定になっています。前作登場の細谷源太夫とともに,風采のあがらない浪人米坂八内という新キャラクタが,メインに加わります。
 この大富静馬探索と用心棒稼業とが絡み合って物語は進んでいくのですが,前作が,又八郎の用心棒稼業,藩からの刺客との対決,赤穂浪士の討ち入りという3本の流れを複雑に絡み合わせながら展開していったのに比べると,プロット的に単純なきらいがあり,やや弱いところがあることは否めないでしょう。公儀隠密の動きをもう少し深く関わらせてもよかったのでは,などとも思いました。

 しかし連作短編的な体裁をとる本作品,それぞれのエピソードに独自の味わいがあります。わたしがとくに好きなのは「凩の用心棒」。新キャラ・米坂八内は,風采こそさえないものの,抜群の剣技を持つ,肝の据わった剣客であるとともに,病弱な妻を大事にする愛妻家でもあります。そんな妻想いの彼が,予定の日時を過ぎても仕事から戻らない,さらに彼が護衛していた商家の娘の隠れ家からは,浪人ものの死体が発見され,米坂も姿を消します。米坂の妻から相談された又八郎は,米坂を捜すが・・・というエピソードです。「いったい米坂になにが起こったのか? 米坂はどこにいるのか?」という謎がストーリィの牽引力となるサスペンスフルな作品となっています。また米坂と,また彼を理解する又八郎の描写を通じて,「用心棒」としての,あるいは「剣客」としての矜持が浮かび上がってきて,爽やかな読後感を与えてくれます。
 もう1編は「誘拐」です。両親を何者かに惨殺された娘ゆみ,その後,周囲に不審な人物が目撃されたことから,彼女の護衛を依頼され・・・というお話。じつは,この作品,ちょっと評価が難しいところもあります。ゆみが誘拐され,又八郎は,ついにその犯人を突き止め,ゆみを「救う」のですが,このシリーズのパターンからいえば,最後は犯人との大立ち回り,といったラストを予想されるところ,実際にはじつにあっさりとしたエンディングを迎えます。「なんだか,尻つぼみだな」などと思う一方で,「これはこれで,いいのかも」とも思います。殺し合いを描かないことで,健気で明るいゆみのキャラクタを,文字通り「殺す」ことを避けたのかもしれません。また「誘拐犯はいったい何者なのか?」という謎を曖昧なままにし,また犯人の茫然自失とした姿を描くことで,殺人者かもしれず,ゆみの父親かもしれない誘拐犯の心の揺れ動きをあぶり出しているとも言えましょう。

01/01/20読了

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