若竹七海『船上にて』講談社文庫 2001年

 8編をおさめた短編集です。この作者のさまざまな持ち味が味わえる作品集になっています。

「時間」
 学生時代に恋をしていた洋子が死んだと聞いた静馬は…
 「真実」という花言葉を持つモミの樹の元で語られたことは,おそらく実際にあったことなのでしょう。それとともに,タイトルにある「時間」の「冷酷さ」「情け容赦のなさ」もまた「真実」なのかもしれません。
「タッチアウト」
 アンソロジィ『花迷宮』所収。感想文はそちらに
「優しい水」
 目を覚ますと“あたし”は,ビルとビルとの間の狭い路上に横たわっており…
 語り手の能天気なキャラクタのせいでしょうか,けっこう陰惨なシチュエーションにもかかわらず,ユーモアが感じられる1編。でもそのユーモアを最後になってアイロニカルな結末へと導いていくところは,この作者らしいと言えばらしいですね。この作品,どこかで読んだ記憶があるのですが,思い出せません。
「手紙嫌い」
 病的に手紙の嫌いな志逗子が,どうしても手紙を書かざるを得なくならなくなり…
 「どのへんに着地するんだろう?」という不安定感あふれる展開の末に,衝撃的なラスト。驚きました。伏線の冴えはこの作者の持ち味ですね。ところで,わたしの持っている「手紙文例集」には,「独身女性をだました弟のための詫び状」とか「浮気をしないという誓約書」とかが収録されています(笑)
「黒い水滴」
 別れた元夫の死をきっかけに,5年ぶりに帰国した“私”の目的は…
 ほんのわずかな「言葉足らず」,あるいは下心ゆえの「ためらい」。そんな日常でよく見られる,ちょっとしたコミュニケーション・ギャップを上手に織り込んで,哀しいミステリ作品に仕上げています。「弱者の悪意」は,この作者お得意のモチーフですね。
「てるてる坊主」
 友人が“自殺”した旅館に泊まった“私”が見たものは…
 「理外」と「理」との奇妙な結びつき,機械トリックとそれに至る思わぬ手がかり,さらにもうひとつのツイスト。短編ながら,さまざまな「仕掛け」が施された作品です。
「かさねことのは」
 友人の精神分析医から見せられた手紙の真の意味は…
 この作者のデビュー作『ぼくのミステリな日常』でファンになったわたしとしては,「を! 来たな!」という期待感を抱かせる技巧的な作品です。トリヴィアルな,しかしそれでいて重要な伏線のはり方は健在です。「文豪の名前」には「やられた!」というところ。しかし医者の守秘義務にひっかからないのかな?
「船上にて」
 フランス行きの船で知り合った老人は,我が身に降りかかった冤罪の話をはじめ…
 とある有名な短編作家に対するオマージュに満ちた作品です。事件の謎そのものはさほど目新しいものとは言えませんが,ラストの一文と,作品全体に漂うトーンの合致に「なるほど!」と思わず膝を打ちました。もしかしてこの作品,『海神(ネプチューン)の晩餐』もしくは『名探偵は密航中』(いまだ半読状態(^^ゞ)のプロト・タイプになるのでしょうか?

01/07/11読了

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