フレドリック・ブラウン『さあ,気ちがいになりなさい 異色作家短編集2』早川書店 2005年

 「普通,人間にとつぜん襲いかかる重大きわまる事件というものに,いい事などほとんどない。そのうえ,襲い方というのがまた,とんでもない方角から,とんでもない形であらわれてくるものなのだ」(本書「さあ,気ちがいになりなさい」より)

 「奇妙な味」シリーズ中の1冊。早川書房創立60周年記念ということで,装幀をリニューアルしての復刊です。ネット古書店などで注文して,なるべく集めようとしている本シリーズですが,どうしても入手できない作品もあります。本書のその1冊。ですから,今回の復刊はうれしい限りです(昨今のご時世から,復刊されるとしてもタイトルを変えるのではないかと思っていましたが,そのままなのに驚いています)。
 12編を収録しています。

「みどりの星へ」
 “緑”のない惑星に墜落した男は,ひたすら故郷の地球に思いをはせ…
 初期設定が崩れ去るクライマクスと,それに輪をかけた狂気的なエンディングは,人は「絶望的な現実」よりも「わずかでも希望のある幻想」を選びやすいという,悲しいまでの「現実」を活写しています。
「ぶっそうなやつら」
 小さな駅の待合室で一緒になった男たちは,互いに相手を…
 疑心暗鬼に陥ったふたりの男の間の緊迫感を,サイレンの音,プラットホームへと入ってくる貨物車の音を,じつに効果的に扱いながら描き出しています。そしてそれだけでなく,そこから意外な(しかしスムーズに)皮肉なラストへ導いていく手腕は見事です。
「おそるべき坊や」
 奇術師のショーを見に行ったハービー坊やは,そこで…
 「大事件」が,誰にも気がつかないうちに解決されている,というタイプの作品は好きです。原題は“Armageddon”。初出のときは,おそらくあまり一般的ではなかったのでしょうが,いまだったら「ハルマゲドン」というタイトルで,内容とのギャップを笑うという「手」もあったのではないかと思います。
「雷獣ヴァヴェリ」
 ある日,ラジオから流れ始めた「トン・トン・トン」という電波の正体は…
 カテゴリーとしては「侵略テーマSF」なのですが,その「侵略者」の設定−姿はまったく見知できないけれど,間接的にその存在は確認できる−がじつにユニークです。また侵略されているにもかかわらず,困難はあるとはいえ,むしろ牧歌的な雰囲気に満ちているところも面白いですね。ちなみに同じ状況を悲劇的に描いたのが『ウルトラQ』の,あるエピソードですね。
「ノック」
 地球最後の男がいる部屋のドアに,ノックの音が…
 …という,有名な掌編(?)に自流の解釈を施すのは,海外ではひとつのスタイルなのでしょうね。星新一「ノックの音が」も,これからインスパイアされたのでしょう。
「ユーディの原理」
 友人が発明した奇抜な機械。その原理は…
 トサカさんのお仕事も手伝うという(笑)“見えない小人”というのは,欧米圏では,定番的なモチーフなのでしょうね。それとSF的発想と,ストレートにではなく,ひとつひねった形で結びつけているところが本編の持ち味でしょう。
「シリウス・ゼロ」
 新しい惑星“シリウス・ゼロ”を発見した彼らが,そこで見たものとは…
 中心となる発想は,今の目からすると,古くさいことは否めませんが,むしろ,オチのつけ方のスマートさこそが,この作者の作家としての力量と言えましょう。
「町を求む」
 ボスから町を追われた“おれ”は…
 ブラックな手触りを持つショートショート。その「黒さ」とは,異界をのぞき込んだときの「黒さ」ではなく,誰の足許にもある「闇」の「黒さ」なのでしょう。
「帽子の手品」
 酔っぱらった友人が,手品でシルクハットから取り出したものは…
 堅固と思われた「日常」が,じつは「薄氷」の上に成り立っているものだという疑念,そして,それを明示せず,あくまで「ほのめかし」で終わらせる余韻のあるエンディングは,まさにホラーの「王道」のひとつと言えましょう。本集中,一番楽しめました。
「沈黙と叫び」
 この作者の短編集『まっ白な嘘』「叫べ,沈黙よ」という邦題で収録。佳品です。
「さあ,気ちがいになりなさい」
 みずからをナポレオンと思いこむ新聞記者は,取材のため精神病院に入院するが…
 物語は,表面的には「ナポレオン妄想の男が,病院で治癒して社会復帰した」という展開を遂げます。しかし,SF的な設定であるとはいえ,それはむしろ「正気」から「狂気」への転換,あるいは「ひとつの狂気」から「別の狂気」への移行とも言えます。自分が「気が狂っていない」という保証は,いったいどこにあるのでしょうか? 

05/11/20読了

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