フレドリック・ブラウン『まっ白な嘘』創元推理文庫 1962年

 この作者が,ミステリの秀作を数多く発表されていることは,知識としては承知していますが,わたしにとっては『火星人ゴーホーム』『スポンサーから一言』などを書いた「SF作家」というイメージが強いですね。ですからショート・ミステリ17編をおさめた本短編集は,非常に新鮮な心持ちで読めました。
 気に入った作品についてコメントします。

「笑う肉屋」
 新婚旅行で訪れた小さな町で,不可解な殺人事件が発生し…
 いわゆる「雪密室」で,トリックとしてはすでに古いものになってはいますが,視点を旅行者に設定し,また登場人物たちの性格やシチュエーションを上手に描き出すことで,味わい深いストーリィに仕立て上げています。
「世界がおしまいになった夜」
 人の悪い新聞社の編集長は,ひとりのアル中をからかおうとして…
 結末は予想がつくものの,この作品の魅力は着眼点の良さと,そこから波及する思わぬ,グロテスクな展開が魅力になっています。
「叫べ,沈黙よ」
 駅のホームで見かけたひとりの男。彼は人殺しだという…
 男は本当に殺人者なのか? それとも彼に怨みを抱く駅員の妄想なのか? 駅員のどこかエキセントリックな「語り」が,その曖昧さを強調しています。本集で一番楽しめました。
「後ろで声が」
 「人間砲弾」のトニーがサーカスを辞めた理由は…
 主人公の側から描き出されたストーリィは,ラストにいたって思わぬツイスト。それによって生じる崩壊感は,ビターでアイロニカルであるとともに,どこか一抹の哀しみが感じられます。
「キャサリン,おまえの咽喉をもう一度」
 記憶喪失になった男は,かつて殺そうとした妻と再会し…
 主人公は本当に殺人者なのか? あるいは妻と再会したとき,男はどんな態度に出るのか? そのサスペンスが,物語に緊張感をたっぷりと与えています。そのうえでのひねりの効いた着地も巧いですね。
「自分の声」
 それは紛れもなく自殺だった。刑事は型どおりの捜査を進めるが…
 「いったいどこへたどり着くのだろう?」という先行き不透明感が,淡々としたストーリィに奇妙な吸引力を持たせています。そしてその淡々としたタッチが,ラストで明かされる「隠蔽された悪意」を浮かび上がらせるのに,よくマッチしています。
「まっ白な嘘」
 安価で購入した新居。そこではかつて殺人事件が起こっており…
 凶漢に対する恐怖と,信頼していた人物に対する不信感とが二重三重に主人公に襲いかかるサスペンスが,じつにたまりません。また疑念を持ってしまった主人公の心の微妙な動きも上手に描いています。
「カイン」
 弟を殺した罪で死刑を翌日に控えた男は,恐怖に身を焼かれる…
 「死刑の前夜」という状況でさえ,十分に迫力があるのに,ラストで明らかになる,主人公を取り巻くシチュエーションは,じつに底知れぬ恐ろしさがありますね。サイコ・サスペンス(<ネタばれ)としては第1級の作品と言えましょう。
「うしろを見るな」
 最後の物語が始まります。ゆっくりくつろいで読んでください…
 今ではさほど珍しい仕掛けではないものの,初出が半世紀前ということを考えれば,作者の「いたずら心」は,おそらく新鮮なものだったのでしょう。

02/03/15読了

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