中島河太郎編『ひとりで夜読むな 新青年傑作選 怪奇編』角川ホラー文庫 2001年

 『君らの狂気で死を孕ませよ』と同様,『新青年傑作選IV 怪奇編』として刊行されたアンソロジィの復刊です。こちらはタイトルは以前のものを踏襲しています。
 計13編を収録。気にいった作品についてコメントします。

葉山嘉樹「死屍(しかばね)を食う男」
 人里離れた中学校の寄宿舎。安岡は,同室の深谷が,夜な夜な不可解な行動をとることを知り…
 「学校怪談」の「旧制中学ヴァージョン」といったところでしょうか。いつの世でも,「学校」と「怪談」とは,さながら光と影のように,切っても切れない関係にあるのかもしれません。ストーリィ的にひねりはないものの,シーンごとの不気味さ(「プツッ」という音のシーンは絶妙です)は,むしろ「炉端の怪談」の怖さに近しいものでしょう。
小栗虫太郎「紅毛傾城」
 蘇古根三姉弟が住む千島ラショワ島の海賊砦に,緑髪の美女が流れ着いたのが崩壊の始まりだった…
 この作者が描き出す世界の魅力のひとつは,「アンバランス」にあるのではないかと思います。たとえば代表作『黒死館殺人事件』では,日本の片田舎にヨーロッパの古城を現出させますし,「絶景万国博覧会」では,純和風の遊郭に中世西洋の拷問道具を配するといった具合です。この作品でも,北海の孤島に岩城を建立し,緑髪のロシア女性に,遊郭の「太夫」の格好をさせるという,グロテスクなまでのアンバランスさが十二分に発揮されています。物理トリックと心理(視覚)トリックとの融合は,この作者お馴染みのものです。
渡辺温「可哀想な姉」
 口が不自由ながら“私”を育ててくれた姉は,“私”が大人になることを厭い…
 童話か民話を連想させる設定と,淡々とした語り口。にもかかわらず,全編,姉弟の間の(とくに姉の弟に対する)淫靡な雰囲気に満ちており,なおかつショッキングなラスト。両者のギャップのため,読後,首筋を冷たい手で触られたような「ぞくり」とした気分にさせられます。やっぱりこの作者の作品はいいですねぇ。本集で一番楽しめました。
瀬下耽「柘榴病」
 飲料水の枯渇した船は,ようやく,とある島にたどり着くが…
 南洋版「赤き死の仮面」といったところでしょうか。病気のおぞましさとともに,それを操る医師の悪魔的な相貌が,作品世界をより一層グロテスクに染め上げています。また冒頭の一文が,船乗りたちの怖ろしい「行く末」をほのめかしており,いいですね。
星田三平「エル・ベチョオ」
 誤解がもとで知り合った少女の父親は,異様なまでに怯えており…
 少女の「誤解」に感じられる思い詰めたような狂気じみた雰囲気,被害妄想的な父親の恐怖感。それらが重ね合わされて醸し出される「落ち着きの悪さ」。それらが謎解きされ,「あ,こっちがメインだったんだ」と思わせておいての,ラストのツイスト。「ですます」調で語られた軽快なリズム感と相まって,すっきりとした佳品に仕上がっています。
江戸川乱歩「芋虫」
 戦争で手足を切断され,口も耳もきかなくなった夫に,妻は…
 正直,あまり好きなタイプの作品ではないのですが,大乱歩の描き出す地獄絵図の凄まじさには,思わず息をのむものがあります。そんな地獄絵図の果てにたどり着く結末は,無惨でありながら,どこか哀しく静謐な雰囲気があふれていることに,今回気づきました。また,この作品に「社会性」−「陸軍の誇り」という偽善的な称揚と「現実」との滑稽でおぞましいギャップなどなど−を読みとってしまうのは,山上たつひこ『光る風』の影響かもしれません(もちろん『光る風』の方が,この作品からインスパイアされたのですが)。

01/01/23読了

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