菊池仁編『大江戸ホラーコレクション 時代小説ベスト・アンソロジー5』福武文庫 1995年

 タイトルそのままのアンソロジィです。9編を収録。

岡本綺堂「影を踏まれた女」
 『岡本綺堂集 青蛙堂鬼談』収録。感想文はそちらに。
国枝史郎「柳営秘録 かつえ蔵」
 手品を演じる大道芸人・鬼小僧の前に現れた老人は…
 けれん味たっぷりの序盤から,「さてどうなる?」という感じで期待されたのですが,このヴォリュームでは「詰め込みすぎ」といった観が免れません。最後に出てくる「あるもの」の由来譚として,もっとシンプルにした方がよかったのでは?
三浦哲郎「左手左衛門の犯罪」
 左手から産まれた男を待ち受けていた運命とは…
 素材は「肉体の一部が持ち主の意志に逆らって動く」というオーソドクスなものですが,グロテスクなオープニングと,ショッキングなエンディングが,作品を印象深いものにしています。それにしても,この「左手」は,いったい何だったのでしょう?(そこらへんの曖昧さが「ミソ」なのでしょうが)
五味康祐「秘玉の剣」
 悲劇は,森家に伝わる家宝の秘玉によってもたらされた…
 このビッグネーム,じつは初読です。噂には聞いていましたが,剣戟シーンがじつに迫力あります。とくに三日月城に忍び込んだ曲者との,真っ暗闇の中での対決は,逆に想像力を刺激されていいですね。ストーリィは,SFが入ってくる前の,クラシカルな「時代伝奇」が楽しめます。
杉本苑子「鳴るが辻の怪」
 アンソロジィ『怪奇・怪談傑作集』所収。感想文はそちらに。
皆川博子「妖笛」
 赤穂浪士により養父を討たれ,高遠藩預かりとなった吉良義周。彼に随った侍は…
 「忠臣蔵」の後日談です。主人公の主君に対する(どこかホモセクシュアルを彷彿させる)想いを基軸としながら,濃密で緊張感あふれる作品に仕上げているところは,やはりこの作者の技量,並ではありません。また揺れ動く主人公の気持ちの行く先を,読者に投げかける,余韻あふれるラストもグッド。本集中,一番楽しめました。
宮部みゆき「置いてけ堀」
 置いてけ堀に出るという“岸崖(がんぎ)小僧”は,亡夫の生まれ変わりなのだろうか…
 『本所深川ふしぎ草紙』の1編。既読作品ですが,ストーリィは忘れていました(^^ゞ しかし,ホラーではなくミステリであることを承知していると,ちょっと「わくわく感」に欠けてしまうのは,あくまで個人的な理由です。
戸部新十郎「雲母子(きららこ)」
 その少女は,人を引きつけ,そして忌み嫌わせる“目”を持っていた…
 人々に災いをもとらす「邪眼」という発想があります。本編の場合は「悪意なき邪眼」といった感じです。しかし,悪意はなくとも,「邪眼」は自動的に発動してしまう…そんなとき「邪眼」の持ち主の責任は,あるのでしょうか? 淡々とした文章が,その「悪意の不在」を巧みに描き出しています。
山田正紀「七夕怪談・鐘ヶ淵」
 時鐘を運ぶ船が転覆。鐘は川の底深く沈んだはずだが…
 編者の解説によれば『天保からくり船』という連作短編集中の1編とのこと。それゆえ本編中で完結しないエピソードがある点は消化不良ですが,出てくるキャラクタがいずれも一癖二癖あり,ぐいぐいとストーリィを引っ張っていく手腕は見事です。

05/09/25読了

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