池波正太郎『鬼平犯科帳(四)』文春文庫 1976年

 それこそ「鬼の居ぬ間の・・・」ということで盗賊どもが跋扈し始めた江戸に戻ってきた長谷川平蔵,ふたたび「火付盗賊改方首領」を命ぜられます。
 前巻「むかしの男」で,平蔵の妻・久栄の過去が語られたのを皮切りにして,この巻では,平蔵の家族・親族絡みのエピソードが目立ちます。ひとつは「霧(なご)の七郎」。平蔵を兄の仇とつけ狙う盗賊・霧の七郎は,前回,久栄と,養女お順を誘拐し,惨殺しようとして失敗しますが,今度は,平蔵の嫡男・辰蔵を狙います。そのために貧乏剣客・上杉謙蔵(仮名<笑)を雇い,辰蔵を襲わせようとするのですが・・・というお話。辰蔵,剣の腕は「父・平蔵の血はつたわっていないらしい」ということですが,「おぬしを斬るためだ」という上杉に平気で近寄っていくところなぞは,しっかり平蔵の血を引いているようです。またこの上杉某,殺す相手が病気だから斬るわけにはいかぬ,そのうえ辰蔵の行き先まで彼を背負っていくあたり,飄々としたキャラクタで,これからも顔を出すような気がします。
 もうひとつは「密通」。久栄の伯父・天野彦八郎宅から使用人・遠藤小助が50両を奪って失踪,内密に捕らえてほしいと平蔵に以来が来るのだが,どうやらこの話,裏がありそう・・・,というエピソード。なぜ小助は失踪したのか? 彼は天野の家来・中野又左衛門の妻・お米と密通していたのか? といった謎を含んだ展開は,なかなかミステリアスで,楽しめました。

  本集中,一番おもしろかったのが「夜鷹殺し」です。夜鷹が連続して惨殺される事件が発生,奉行所は「たかが夜鷹風情・・・」と真剣に捜査などしない。「夜鷹も将軍も同じ人間」と,単独,犯人逮捕に乗り出す平蔵。女密偵・おまさを囮にして殺人鬼を誘い出そうとして・・・,というお話。犯人は快楽殺人者と思いきや,息子を失った父親の哀しい姿がエンディングで浮かび上がります。「だから,人のこころの底には,なにが,ひそんでいるか,知れたものではないというのだ」というラストの平蔵のセリフは,草地の闇の中に重く響きます。「確信犯」的な盗賊のエピソードが多い本シリーズの中で,ちょっと毛色の変わった作品ですね。

 それはそれとして・・・・・。
 この「鬼平シリーズ」の舞台は,老中・松平定信の時代,一方,『剣客商売』は,その少し前,田沼意次の時代。かたや「寛政の改革」を打ち出した「綱紀粛正」の厳しい時代で,かたや「賄賂政治」と言われつつも,商人たちの活力を積極的に幕政に導入しようとした時代。長谷川平蔵は歴史上の人物ですから,舞台を適当に変えることはできないでしょうが,舞台設定が,メインとなるキャラクタの性格や作品の雰囲気の違いを,どこか反映しているように思われます(それとも単なる先入観だろうか?)。

98/07/03読了

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