池波正太郎『鬼平犯科帳(三)』文春文庫 1975年

 テレビの時代劇の舞台は大半が,将軍のお膝元,花のお江戸ではありますが,ときとして主人公たちは旅に出ます(水戸のご隠居は旅に出ないとドラマが始まりませんので,これは例外)。それは,ただでさえマンネリズムに陥りがちなドラマに,なんとか違う趣向を与えたいという製作者の苦心の末なのでしょう(もっとも定期的に「旅に出る」ことさえもマンネリになってしまう場合もありますが・・・(苦笑))。
 というわけでもないでしょうが,この巻,鬼平こと長谷川平蔵は旅の空です。
 平蔵の八面六臂の活躍で,江戸の盗賊連中もその姿をひそめましたが,あまりの激務のために平蔵の体調もいまひとつすぐれない,そこで幕府は火付盗賊改方首領を辞めさせ,しばしの休息を平蔵に与えます。で,その平蔵,これは好機と,若い頃父と過ごし,父が眠る京都へと旅立ちます。本巻所収の「盗法秘伝」「艶婦の毒」「凶剣」「駿州・宇津谷峠」はいずれも,平蔵と,その荷物持ちの木村忠吾が,旅先で遭遇した事件を描いています。骨休みのつもりがとんだ災難です(笑)。

 その中でメインとなるのは「凶剣」のエピソードです。
 京で盗賊・虫栗一味を捕らえた半蔵は,お忍びで来ていたのが京の西町奉行所にばれ(?),与力・浦部彦太郎に奈良見物を誘われます。その直前,半蔵らは凶漢に襲われそうになった娘・およねを救い出します。この娘,なにやら怯えること著しく,口をきこうとしません。ところが半蔵らが奈良へ行くことを知ると同行を求め,その途中,自分が見てしまった怖ろしい事件を半蔵らに話したことから・・・,というお話。ストーリィは半蔵ら一行と,およねを狙う盗賊一味を交互に描き出しつつ,およねが怯えるのはなぜか? そして盗賊一味の真の目的は? という謎を抱え込んだまま,アップテンポに進んでいきます。そのあたり,京から奈良へ向かう旅情豊かな描写をはさみつつも,緊迫感あふれる展開になっています。
 そして盗賊一味の首領“高津の玄丹”が放った刺客らに襲われる半蔵と彦太郎,多勢に無勢の中,絶体絶命の半蔵! そこに現れたのは・・・,と,多少,都合がよすぎるようなところもありますが,しっかり伏線も引かれているので良しとしましょう(笑)。
 ところで,刺客らに取り囲まれた半蔵,そこで「ニヤリ」と笑います。
「絶望や悲嘆に直面したとき,それふさわしい情緒へ落ちこまず,笑いたくなくとも,先ず笑ってみるとよいのだ。すると,その笑ったという行為が,ふしぎに人間のこころに反応してくる」
 「カラ元気も元気のうち」とよく聞きますが,こういった生死紙一重の凄絶な場面で笑えるというところが,半蔵の凄いところなのでしょうね。う〜む,むちゃくちゃかっこええなぁ・・・・。

 このほか個人的に好きなエピソードに,京都へ向かう途中,半蔵が,自分の身分を隠して,偶然知り合った盗賊の“弟子”になるという「盗法秘伝」があります。ここに出てくる老盗“伊砂の善八”の,盗賊とは思えない人の良さそうなところが,作品全体に飄々としたユーモアを醸しだしていていいですね。

 それにしても木村忠吾くん,徐々に「火付盗賊改方同心」らしくなりつつありますが,相変わらずスケベ心で失敗するのが,はまり役になってきたようです(笑)。でもなにやら縁談話も出てきた様子,これで落ち着くのでしょうか?

98/07/02読了

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