池波正太郎『鬼平犯科帳(一)』文春文庫 1974年

 火付盗賊改方御頭・長谷川平蔵宣以(のぶため)。江戸の闇に跋扈する悪党どもを鬼神のごとく捕らえ,情け容赦なく切り捨てることから,ついた仇名が「鬼の平蔵」,略して「鬼平」。
 『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』とならぶこの作者の代表的シリーズです。『剣客商売』で池波作品にはじめて触れ,今さらながら「これは面白い!」ということで,さっそく『剣客』の2巻目「辻斬り」を探しに行ったのですが,残念ながら,なぜか2巻だけなく,「ならば『鬼平』」ということで(『梅安』はなかった(T_T)),1〜4巻までまとめ買いしてきました。というわけでその1巻目です。

 で一読して感じたのが,ずいぶんイメージしてたのと違うな,ということです(だから「面白くない」という意味ではありません,もちろん)。タイトルからして,鬼平こと長谷川平蔵の行動を追っていくのがストーリィのメインになるのかと勝手に思っていたのですが,少なくとも第1巻は,さまざまな「盗賊」たちを中心にすえた,「大江戸クライム・ノヴェル」といった感があります。

 たとえば「血頭の丹兵衛」では,鬼平の密偵「小房の粂八」が,江戸を荒らした強盗一味「血頭の丹兵衛」を追って,彼らが身を潜める島田宿に赴きます。粂八もまた盗賊あがり,かつて丹兵衛に世話になっていたのですが,その頃の丹兵衛はけっしてむごいまねをするような親分ではなく,今,江戸を荒らす「丹兵衛」はきっと偽物に違いないと,と粂八は考えるのですが・・・,というお話。「丹兵衛」は本物なのか,偽物なのかというミステリを描くとともに,時の流れの中で移りゆく人の心と,それを知った粂八のやるせなさを描いているように思います。
 また,平蔵と,彼の初恋の相手おふさとの20年ぶりの皮肉な再会を描いた「本所・桜屋敷」や,ひとりの女をめぐって殺し合うふたりの盗賊のエピソード「座頭と猿」,平蔵殺しを頼まれた殺し屋・金子半四郎の不可思議な因縁話とも言える「暗剣白梅香」などなど,いずれも江戸のダークサイドに跳梁する悪党たちの姿を生き生きと描き出していると思います。

 第1巻での一番面白く読めたのは,「老盗の夢」です。引退したつもりだったかつての大盗賊「簑火の喜之助」は,ふと知り合った女に溺れ,女のためにもう一花咲かせようと盗みを計画するのだが・・・,というエピソード。とくにエンディング――無惨ながら「侠気」を見せる喜之助の最後,鬼平と粂八のちょっとした会話,盗賊の手下・彦の市の狸の皮算用,喜之助に惚れていたはずのおとよのしたたかな姿を,さらりさらりと描き出すところは,「老盗の夢」の終わりを浮かび上がらせる,じつにもの悲しくもどこかアイロニカルな,余情あふれるエンディングだと思います。まさに上質な「クライム・ノヴェル」を読んでいるようなテイストです。

 『剣客商売』と同様,このシリーズもかなり長大なもの。じっくりと楽しめそうです(といいつつ,すでに心は「さあ,つぎは第2巻だ!」ということになってます(笑))。

98/06/13読了

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