霞流一『おなじ墓のムジナ 枕倉北商店街殺人事件』角川ノベルズ 1994年

 はじまりは信楽焼のタヌキの置物,つづいてタヌキそば十人前,『徳川家康』の文庫本と肖像画・・・ふってわいたような「タヌキ騒動」に振り回される枕倉北商店街。それに加えて殺人事件が発生! 被害者は商店街一の嫌われ者。第一発見者,動機あり,アリバイなし,無職の“私”は,「降りかかる火の粉は・・・」とばかりに素人探偵をはじめるが・・・

 出張中は,長くてヘヴィな作品が多かったので,軽めの作品を,ということで積ん読本の中からチョイスしました。

 『フォックスの死劇』『ミステリークラブ』に先行する作品です。アップテンポ,ハイテンションで突っ走る,その2作に比べると,ちょっと「押さえ気味」といった感もあります。しかしそれでも,主人公の“私”の「口八丁手八丁」のキャラクタには,紅門福助に通じるものがありますし,また「しょーもないギャグ」(<注:褒め言葉)を繰り出しながら,ストーリィを展開させて行くところは,やはり似たようなテイストを感じさせます。先行作品ですから,「押さえ気味」というより,むしろ「助走段階」と言った方が適当なのかもしれません。この作者の文体のリズムは,わりとわたしの肌に合うところがあって,爆笑とはいかないまでも,ニヤニヤ,苦笑を浮かべながらすんなり読み進めていけます。

 さて物語は,枕倉北商店街,通称“北枕商店街”に降りかかった「タヌキ騒動」から始まります。商店街の真ん中に置かれた“信楽焼のタヌキの置物”,主人公宅に送りつけられた,注文主不明の「タヌキそば十人前」,郵送されてきた,歴史上,もっとも有名な「タヌキ親父」徳川家康の肖像画と文庫本。いったい誰が? なんのために? というミステリお約束の不可解な謎が提出されます。そして続いて起こる殺人事件。「タヌキ騒動」と殺人事件はどのように関係するのか? ここらへんの展開はスムーズで,「つかみ方」がうまいですね。
 で,主人公は「探偵」をはじめるわけですが,幼なじみのノボこと登子,行きつけの飲み屋「うつつ」の大将オールドパーと料理人の由良さんが,「うつつ」を「捜査本部」にして,事件について推理を繰り広げます。その会話は事件の展開過程の「要約」といった役割も果たしており,ギャグと蘊蓄でいささか散漫になりがちなストーリィを要所要所で「締め」,メリハリを与えているように思います。あちこちで開陳される蘊蓄に対する好悪は人それぞれかもしれませんが・・・

 しかし,ミステリとしての骨格は,オーソドックスな「フーダニット」であり,煙幕がわりのギャグと蘊蓄の間に挟まれた伏線から,犯人特定の条件を設定,容疑者の中から絞り込んで行きます。そこらへんは,『フォックス』『クラブ』で見られた「一点突破全面展開」的推理方法とは,異なるタイプのものですね。こういったプロセスのはっきりした推理の提示はわたしとしては好感が持てます。ただこういった推理展開が,この作者の作品の持つ独特のテンポ・雰囲気にマッチするかどうかと言うと,むしろ小気味よく繰り広げられる「一点突破全面展開」の方が似合っているようにも思います。

98/10/29読了

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