R・D・ウィングフィールド『夜のフロスト』創元推理文庫 2001年

 この感想文は,本作品の内容に深く触れているため,未読の方で,先入観を持ちたくない方には不適切な内容になっています。ご注意ください。

 「この仕事をしてると,胸くその悪くなるようなことを,それこそ山のように目にするんだよ,坊や。・・・・だから,おれは冗談を言う。冗談を言ってりゃ,因果な仕事の因果な部分を引き受けるのが,いくらかは楽になる」(本書 フロストのセリフ)

 流感ウィルスのため,デントン署は壊滅的な人手不足状態に陥っていた。しかし事件だけは休んじゃくれない。「風車亭」の若夫婦に対して執拗ないやがらせが繰り返され,2ヶ月前に失踪した女子高生は死体で発見される。そしてウィルス以上に猛威を振るう「連続老女切り裂き魔」の跳梁・・・さすがのジャック・“ワーカホリック”・フロスト警部も,少々オーヴァー・ワーク気味・・・

 『クリスマスのフロスト』『フロスト日和』に続く,お待ちかねのシリーズ3作目です。前作では,主人公フロスト警部の担当事件を,ころころと変えることによって,ストーリィを錯綜したものにしていましたが,本編では,流行性感冒によりデントン署は圧倒的な人手不足状態,フロスト警部はふたつも三つも事件を担当しなければならないという状況を作りだすことで,本シリーズの「売り」とも言えるカオス的ストーリィ展開を生み出しています。
 それとともにこの設定は,もうひとつの効果をもたらしています。それはマレット署長とフロストとのコントラストをより鮮やかにすることです。たしかにこれまでも両者の対立・やりとり・駆け引きは,本シリーズの重要な要素になっていましたが,そこにはアレン警部という,バリバリのエリート警部が介在することで,マレットの「怒り」が多少緩和されていた気配があります。しかし今回は,そのアレンもまた流感の餌食,本編には登場しません。それゆえ,マレットとフロストとの対立はより鮮明になり,とくにマレットの官僚的な教条主義がより色濃く描写されているように思います。

 さて本編のストーリィには,作者のある「仕掛け」が施されているように思います。例によって,さまざまな事件が惹起し,フロスト警部は,これまた例のごとく,あっちこっちへと右往左往するのですが,本編のメインとなる「連続老女切り裂き事件」の解決の前に,フロストはふたつの事件を解決します。ひとつは「風車亭」の若夫婦に対する執拗ないやがらせ,それから派生した風車亭炎上と若主人の殺害事件です。野心満々のギルモア部長刑事によって理詰めで解決されたかのように見えた事件は,フロストによって覆され,真相にたどり着きます。しかしその解決方法は「はったり」です。もうひとつの「女子高生殺害事件」に至っては,根拠不在のまま,「こいつが犯人」とフロストが決めた人物を,証拠をねつ造してまで自白に追い込みます。どちらも,いわば「結果オーライ」によって,事件は解決されます。
 そしてラストの「老女切り裂き魔事件」についても,フロストは同じ「流儀」で犯人を追いかけます。しかし作者は,その前にこんな一文を挿入します。
「のちに,何もかもがおかしな方向に進んで壊滅的な結果が生じたとき,フロストはこの一時の幸せな勘違いを,懐かしく思い返すことになる」
 ここで,ふたつの事件で示された「スタイル」が,はたしてうまくいくのかどうか,という不安を読者に与えます。そしてクライマクス,地上数十メートルのクレーンの上でのフロストと犯人との息詰まる攻防シーンが,緊張感を高めるとともに,追いつめた「犯人」が,ほんとうに切り裂き魔なのかどうか,という不透明感が,それに輪をかけて緊迫感を強めます。「犯人」が残した断片的なセリフや,フロストの懊悩,そして犯人死亡後に入る老女殺害事件の報告と,最後の最後まで,フロストは事件を解決したのか,それとも大失敗をしてしまったのか,を不透明にしたままお話を展開させていきます。このあたりのストーリィ・テリングは抜群と言えましょう。つまり,事前にふたつの「結果オーライ」を示すことで,逆に最後もまた「結果オーライ」なのかどうかというサスペンスを巧みに盛り上げていると言えます。
 もちろん「結果オーライ」的事件解決は,本シリーズではたびたび出てきましたが,本作品では,それがじつに効果的に用いられていると思います。

01/09/02読了

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