R・D・ウィングフィールド『フロスト日和』創元推理文庫 1997年

 「それでも,やっぱりおれはお巡りだ。そもそも,なぜお巡りになろうと思ったのが自分でもよくわからない。だか,そんなおれにも,これだけは言える。おれは捏造された証拠を黙って見逃すために,お巡りになったんじゃない。死んじまったやつに,たとえそれがけちな悪党だったとしても,犯してもいない人殺しの罪を着せられるのを黙認するために,お巡りになったんじゃない」(本書 フロスト警部のセリフ)

 跳梁する連続婦女暴行魔,ホームレスの殺害事件,賭博場での現金強奪事件,そして警官殺し・・・デントン警察署は,つぎつぎと起こる難事件に右往左往。そんな中,われらがフロスト警部は,相変わらずのマイペース。犯罪統計報告も残業手当申請書も署長の嫌みもどこ吹く風。今日もまた,眉間の皺が深まるばかりのウェブスター巡査を引き連れて,デントンの街を駆けずり回る・・・

 「計画された無計画性」・・・本書を読んでいて,そんな言葉を思いつきました。
 「無計画性」というのは,いうまでもなく本シリーズの主人公フロスト警部のキャラクタであります。もう,とにかく,やることなすこと,計画性・一貫性というものがない。目の前でつぎつぎと起こる事件に,まるで「パヴロフの犬」みたいに食いつきます(笑)。部下のウェブスター警部・・・じゃない巡査^^;;ではありませんが,こんな上司を持ったら,正直,同情します。
 しかしもちろん,このような無計画なキャラクタは,作者の周到な「計画性」によって設定されたものです。通常,本作品のような警察ミステリでは,複数の事件が並行して描かれていきます。各事件はニアミスを繰り返しながらも,それぞれに「因」と「果」を構成しています。本作品では,「覆面の暴行魔」事件をメインとしながらも,そのほかに,ホームレス殺害事件,現金強奪事件,武装強盗事件とそこから派生する警官殺害事件などなど,めまぐるしく展開していきます。作者は,そんな並行する事件の中に,フロストという無計画性の塊のようなキャラクタを投げ込むことで,各事件の「因」と「果」とを結ぶ「線」をつぎつぎと寸断していきます。その結果,個々の事件はそれぞれの結末にいたるまでに,紆余曲折を経ることになります。さらにフロストが,警察署長のマレットと反りが合わないことから,ころころと担当事件を変えさせられることが,その錯綜に拍車をかけています。
 ですから,個々の事件の構成は,けしてトリッキィで複雑なものではなく,むしろシンプルなものではありますが,キャラクタ設定によって,錯綜し,サスペンスフルなストーリィを紡ぎだしていると言えましょう。

 それとともに,本作品の魅力がフロストのユニークな性格,発言,行動にあることは言うまでもありません。『クリスマスのフロスト』の感想文で,フロストが繰り出す下品で不謹慎なジョークには,「建前」に対する「本音」としての痛快感があると書きましたが,本作品では,それだけでなく,その合間合間に気の利いたセリフが挿入されます。たとえば「覆面の暴行魔」の無惨な被害者を見て,「犯人の野郎をパクったら,五分だけでいい,ふたりきりにしてほしいもんだ」と呟いたり,政治的取引で供述書を書き換え,事件をうやむやにしようとする警察署長に対して,「あんた,そういうことをして許されると思っているのか」と怒鳴ったり,あるいはまた冒頭に掲げたような「お巡り」としての「矜持」であったりします。そんな,いわば「殺し文句」が挟まれることで,フロストというキャラクタが,より味わい深いものにしていると言えましょう。

 本シリーズ,もうすぐ第3作目が翻訳されるとのこと。楽しみです。

00/08/20読了

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