R・D・ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』創元推理文庫 1994年

 ロンドンを離れること70マイル,田舎町デントンの警察署に配属された新人刑事クライヴは,着任早々,8歳の少女の失踪事件を担当させられる。そして相棒として組まされたのがジャック・フロスト警部。風采があがらない上に,悪趣味で下品なジョークを連発,おまけにワーカホリックな警部に引きずり回されるようにして,クライヴは,厳寒のデントンを駆けずりまわるはめに・・・

 いまさら言うまでもなく,『このミス'95』海外編第4位にして,「週間文春1994年度ミステリーベスト10」海外編第1位となった,人気シリーズの第1作です。ようやく読む機会がありました。

 これまたわたしが改めて書くことでもないのでしょうが,この作品の魅力の多くは,主人公ジャック・フロスト警部のキャラクタ造形に負っているのでしょう。いつプレスしたかわからない皺だらけの背広,趣味の悪いえんじ色のマフラ,事務能力はてんからなく,その記憶力はざるの如し,口が飛び出るのは悪趣味で下品なきわどいセリフ,仕事中毒で帰宅するのはいつも午前様。メイン・キャラクタのひとりクライヴ刑事だけでなく,こんな上司がいたら,なんともたまらないでしょう。
 おそらく,こういったキャラクタ造形は,「ドーヴァー警部シリーズ」などような「英国ユーモア・ミステリ」の系譜を引くのかもしれませんが,(言葉は悪いですが)「きわもの」的な側面がないわけではありません。しかしこの作品の場合,フロスト警部の周囲に,彼と対照的なキャラクタを配することで,下品さ,悪趣味さをユーモアに転換することに成功しているように思います。つまり,出世主義のマレッタ署長やクライヴ,能率主義の権化アレン警部といったキャラクタに対するカウンタとしてフロストが描き出され,そこから彼の,等身大としての人間性が浮かび上がるといった具合です。「建前」「きれい事」に対する「本音」を対置させることで,そのきわどいセリフに痛快感も付与しているのでしょう。またエリート以外の警察官たちの好意的なフロスト評や,フロストのしんみりとしたモノローグなどをときおり織り交ぜるところも,巧いですね。

 物語は,8歳の少女トレーシーの失踪事件を主軸としながら,そこにさまざまな事件を絡めながら,スピーディに展開していきます。フロストが不法侵入で撃たれるというショッキングで謎めいたオープニング・シーンをはじめ,大小の,性格の違う事件をつぎからつぎへと織り込み,その,ときに思わぬ偶然から,ときにフロストの推理による解決を輻輳させることで,ぐいぐいと読者を引っぱっていく牽引力を産みだしています。「訳者あとがき」によれば,作者はテレビ・ラジオの脚本家とのこと,それらの執筆に培われたストーリィ・テリングの妙技と言えましょう。
 こういったタイプの作品を「モジュラー型警察小説」と言うのだそうですが,下手すれば焦点を失った散漫なストーリィ展開になってしまう危険性を,フロストのユーモラスなキャラクタと,クライヴに視点を置くことでフロストの突飛な言動をミステリアスなものにすることで回避し,飽きさせない一気に読ませてしまうストーリィを紡ぎだしています。

 さてお次は,『このミス'98』海外編第1位の『フロスト日和』です。楽しみ楽しみ。

00/04/02読了

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