山口雅也『ミステリーズ 完全版』講談社ノベルズ 1997年

 これまで読んだ山口作品,『生ける屍の死』『キッド・ピストルズの冒涜』が,死者がよみがえる世界とか,パラレル英国とか,設定がぶっ飛んでいるとはいえ,その内容は「本格ミステリ」だったので,本作品集も,おなじようなテイストかなと思っていたのですが,ずいぶんと違っていました。「奇妙な味」風,スラプスティック風,ブラック・コメディ風,メタ・フィクション風,などなど多彩な短編10編がおさめられています。でも,それはそれで十分楽しめましたので,むしろ,この作者の別の一面を見たような気がします。

「密室症候群」
 セラピストのダーモット・キンロスのもとに訪れた自閉症気味の少年。彼は,小さな箱を作り,その中に細々としたものを入れていた。さながら密室のように…
 作中作,作中作中作…,それまで読んでいたストーリーがじつは小説で,その書き手と思っていたのが,じつはまたまた作中人物で,といった具合に,とにかく二転三転します。で,ラストでもうひとひねり,ところが,その「ひねり」は,よく読めば非常にストレートであったことに気づいて,驚きました。
「禍なるかな,いま笑う死者よ」
 ある老練な警官が,新人の警官に語った。「わしが出会った一番奇妙な死体は,笑った死体だ」と…
 クライム・ノベルといったところでしょうか。「笑い」と「死」という,かけ離れた,それでいてどこか馴染み合う,ふたつのことを結びつけたグロテスクな物語です。被害者の恐怖と加害者の狂気の描き方が,なんとも滑稽でいて不気味です。
「いいニュース,悪いニュース」
 息子の退学のニュースを受け取った夫婦。それがきっかけで夫婦喧嘩が始まり…
 主人公の夫の「お相手」は,なんとなく見当がつきますが,ラストの意味がよくわかりませんでした。で,読み返してみると,「なるほど」と納得。ブラック・コメディのようなアイロニカルな結末が巧いです。
「音のかたち」
 「わたしは音楽の秘密を知っている」そういうハル叔父は,大のオーディオマニア。ところが,ある日,彼は突然失踪し…
 どちらかというとホラー的な作品ですね。あんまり書くとネタばれになりますが,たしかに×××の連中というのは,音楽や儀式を,洗脳の道具として,じつに効果的に使っていたフシがありますから,こういった設定というのも,なんとはなしにリアルさが感じられます。
「解決ドミノ倒し」
 閉ざされた山荘,限定された容疑者,ダイイング・メッセージ…,トレイシー警部は,容疑者を集め「さて」と推理を披露し始めるが…
 作者のあとがきによれば,「どれだけどんでん返しを詰め込めるか」というのが本作品の目的だったようですが,なんだかスラプスティック風のパロディのように思えてなりません。ところでこのオチは「メタ・ミステリ」なのでしょうか? それとも,これをひとつの「番組」として見立てたわけでしょうか? わたしは後者だと思ったのですが。
「『あなたが目撃者です」』
 テレビ番組「あなたが目撃者です」で放映された娼婦連続殺人事件。妻はそれを見ながら,隣にいる夫に疑念を持ち始め…
 巧いですね,この作品。夫に対する妻の疑念がすんなりそのままオチになるとは思ってはいませんでしたが,最後にしっかりツイストが効いています。みごとに騙されました。
「『わたしが犯人だ』」
 目の前に死体があり,自白する犯人もいるにも関わらず,刑事も探偵も,まったく無視して見ようともしない…
 さながら不条理劇のように始まる物語は,いったいどうなるのだろう,と読み進んでいくと,結末できれいに着地。おまけにきっちりと伏線の引かれたオチも用意されています。感心しました。ただ超有名な某作品のネタばれがありますので,要注意。
「蒐集の鬼」
 この作品のみ既読です。感想はこちら。
「『世界劇場』の鼓動」
 「終末」のとき,1通の電子メールに誘われ,「世界劇場 最後の演奏会」を聴くことになる…
 ストーリー紹介があんまり意味のない,いわば作者自身の「終末のイメージ」の文章化とでもいいましょうか。
「不在のお茶会」
 帽子を被った植物学者,三月生れの作家,眠そうな精神科医。主人公が不在のお茶会で,不在の主人公を巡って,彼らは推理を繰り広げ…
 3人の記憶に共通して登場する少女「アリス」,いったい彼女はなにものなのか? そして3人に共通する問い「私はなにものなのか?」 それらの問いをめぐって,精神分析,「根源的意識」,夢見るものと夢見られるもの,「もの」と「こと」などなど,さまざまな視角,アプローチで3人が議論を繰り広げます。一種のメタ・フィクションなのでしょうねえ,よくわかりませんが。この作品集では,どの作品にも独特のペダントリが満ち満ちていますが,この作品はとくにその傾向が強いようで,しょうしょう鼻につきます。それにしても『不思議の国のアリス』というのは,やはり刺激的な作品なのでしょうね。

97/09/12

go back to "Novel's Room"