ミステリー文学資料館編『「新青年」傑作選 幻の探偵雑誌10』光文社文庫 2002年

 日本のミステリの歴史を語る上で,けっしてはずすことのできない雑誌,それが『新青年』です。そのため,これまでにも立風書房角川文庫などで「傑作選」が編まれています。角川版は,近年,角川ホラー文庫で2冊−『君らの狂気で死を孕ませよ』『ひとりで夜読むな』−が復刊されていますね。また同文庫からは『爬虫館事件』というアンソロジィもあります。
 ですから,本編のライン・アップが,先行選集と内容がかぶらないようにセレクトされているのは,うれしい配慮です。で,巻末エッセイで辻真先も書いているように,それでも十分に楽しめる作品を集められるところに『新青年』という雑誌の「厚み」を感じます。
 計17編を収録。気に入った作品についてコメントします。

持田敏「遺書」
 検事の元に届いた一通の手紙。そこには死刑囚の恐るべき真実が…
 「このへんに「ひっかけ」があるな」と読者に気づかせ,それを踏襲しながらも,もうひとひねり。もう少し伏線がほしい感じもしますが,ラストの二転三転は小気味よいですね。それにしても,検事と弁護士の関係,牧歌的とも言えますが,悪趣味でもありますね(笑)
平林初之輔「犠牲者」
 ごく平凡な会社員は,一夜を境にして,殺人の容疑者に転落し…
 残酷物語といったテイストの作品。その一方でリドル・ストーリィ的な雰囲気もあわせもっています。作中に出てくる「人間には人間をさばく力はないのだ」というセリフに象徴されるように,安直な「解決」を拒絶することで,皮肉でありながら重い「現実」を描き出しています。
小酒井不木「印象」
 死を目前にした妊婦は,夫への復讐のために子どもを産むという…
 楳図かずお『洗礼』は,みずからの美を再生させるためにのみ娘を産む母親の狂気を描いていますが,それに通じるものがあります。前半,妊婦の妄執を鬼気迫る「語り」で描きながら,それをいったん落着させておいてのツイストが鮮やかです。
羽志主水「越後獅子」
 火災の現場で発見された死体。警察は夫を殺害犯として逮捕するが…
 古い落語の語り口調を思わせる文体は,はじめはちょっと辛いですが,慣れると,ほどよいリズムが味わい深いです。そんな中に科学捜査的な知識を挿入しているところが,ある種のミス・マッチな面白味になっています。
妹尾昭夫「凍るアラベスク」
 体育教師・勝子に近寄ってきた男の真意は…
 発表当時はショッキングな奇想だったのかもしれませんが,こういった素材の結末を,読んでいる途中で気づいてしまうのは,「現代の不幸」なのかもしれません。それでも淫靡な雰囲気あふれるラスト・シーンは,迫力がありますね。
浜尾四郎「正義」
 衣川弁護士を訪ねてきた旧友は,担当事件の意外な真相を伝え…
 ストーリィは前半と後半に分かれ,前半では,コロコロと証言を翻す容疑者は,本当に無罪なのか,それとも真犯人なのか,という謎がストーリィを牽引します。そして後半,今度は,容疑者の無罪を証言できる人物を,なぜ旧友は隠すのか,というもうひとつの謎へと繋がっていきます。前半における弁護士の正義感が,皮肉な結末へと展開していく流れをスムーズに連繋させています。
戸田巽「第三の証拠」
 女を殺した“私”は,満州から内地へ逃げようと汽車に乗るが…
 逃亡する殺人犯の,疑心暗鬼に満ちた心理を,ジリジリと描きながら,ラストにいたって思わぬツイスト。一瞬「え?」という感じなのですが,理解できると,その技巧的なプロットに感心します。前半の主人公の心理も,ある意味,効果的な「煙幕」になっていますね。本集中で,一番楽しめました。
勝伸枝「嘘」
 彼女はみずからの嘘で,他人を操れるという…
 なんとも不可思議な手触りを持った奇妙な味風の作品です。冒頭,“彼女”は,虚言癖があると語られます。そしてその“彼女”は,自分の嘘で他人を操る,と話します。その「嘘で他人を操る」話そのものが嘘(=妄想)なのか。それとも,虚言癖が高じた上での「現実」なのか。「嘘」の持つさまざまなエッセンスを詰め込んだような作品でもあります。
佐佐木俊郎「三稜鏡(笠松博士の奇怪な外科医術)」
 首なし死体に隠された,二重三重の秘密とは…
 まさにタイトルにあるように,ひとつの事件をめぐる「三つの鏡」が写し出す,グロテスクな物語です。芥川龍之介の有名なリドル・ストーリィ「藪の中」を思わせるような構成ながら,ラストできっちりとケリを付けている点は異なりますね。それにしても食事時に読む作品ではありません(笑)
竹村猛児「三人の日記」
 水原家の一人娘は,重病に罹っているらしい…
 ひとつの出来事を三者三様の「日記」で描いた作品。真相は途中で見当がつくものの,最初の記述が,ふたり目,三人目の日記で「スコン,スコン」といった感じで覆され,さらに登場人物のキャラクタが二転三転していくところは痛快感があります。

03/04/20読了

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