ジェイムズ・エルロイ『LAコンフィデンシャル』文春文庫 1997年

 1951年12月25日,警官殺しの容疑者を,酒に酔った警官たちが集団で暴行を加えた――“血塗られたクリスマス”事件は,3人の警察官−バド・ホワイト,エド・エクスリー,ジャック・ヴィンセンズ−の人生を大きく変えることになった。そして1年後に起きた6人の男女が殺害された“ナイト・アウルの虐殺”事件が,ふたたび3人を結びつける。事件の真相が明らかにされるとき,男たちの運命は・・・

 『ブラック・ダリア』『ビッグ・ノーウェア』に続く「暗黒のL.A.四部作」の第3作です。1997年に映画化され,アカデミー賞を受賞したそうですが,映画の方は未見です。

 この作者の作品に出てくるキャラクタは,いずれも,作中の言葉を借りれば「クレイジー」な側面を持っています。「偏執」的,あるいは「強迫神経症」的と言えるかもしれません。本作品の場合,バド・ホワイトは,暴力的な父親に母親を殺された(目の前で!)ため,女性に暴力を振るう男を痛めつけることに執念を燃やします。エド・エクスリーは,有能な警察官であった父親と,死んだ兄トマスに対するコンプレックスの裏返しとして,飽くなき出世欲に囚われています。またジャック・ヴィンセンズは,麻薬の売人と誤って民間人を射殺してしまったという秘められた過去を持ち,麻薬課から風俗課に左遷されたのち,麻薬課に戻るために手柄を挙げようと必死になります。
 つまり作者は,登場人物たちの行動原理や,事件解明に向けるモチベーションを,微に入り細に入り,グロテスクなまでに描き込んでいきます。その,「刑事魂」とか「執念」とかいった安易で抽象的な言葉に還元することなく,具体性を持った描写は,作品全体に重厚な雰囲気を与えるとともに,彼らの「クレイジー」な行動に説得力を持たせ,ストーリィを展開させる牽引力となっています。

 そしてなんといってもこの作者の力量は,そういったクレイジーなキャラクタたちを,じつに巧みに作品のプロットの中へはめ込んでいる点にこそ発揮されていると言えましょう。「血塗られたクリスマス事件」で,バドとジャックは左遷され,逆に事件を密告したエドは出世します。バドの友人ディック・ステンズランドがスケープ・ゴートにされたことから,バドはエドに対して深い憎しみを憶えます。この初期設定により,キャラクタ間の敵意が,ストーリィにピリピリとした緊張感を与えるとともに,本作品のメインである「ナイト・アウルの虐殺事件」をめぐるエドとバドとの対立・確執へとスムーズに繋がっていきます。
 またバドの「トラウマ」は,「ナイト・アウルの虐殺事件」から派生した,幼い娼婦の惨殺事件へと彼をのめり込ませます。そして手柄を挙げたいジャックは,自分だけが握っている証拠を上司にも知らせず,単独で,「ポルノ雑誌販売事件」の捜査へと邁進していきます。各人の思惑や野心,また反目や対立によって,それぞれの事件は別々の流れで進行していきます。サスペンス小説では,そういった複数の「糸」が,ラストで交錯し,クライマクスへと盛り上がっていくのが常道ですが,この作品では,それが入念に描き込まれたキャラクタ設定と,キャラクタ同士の位置関係によって,終結直前まで「重なり合わないこと」を保証しているわけです。まさにキャラクタとプロットとの絶妙な融合と評せましょう。

 これまでの3作品は,少しずつ重なり合いながらも,独立した作品として展開してきましたが,本作品でも,ひとりの「悪党」が無傷で残ったまま,幕が引かれています。この「悪党」をめぐるエピソードは,最終作『ホワイトジャズ』で決着を見るのでしょうか? じつに楽しみです。

01/08/17読了

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