ジェイムズ・エルロイ『ビッグ・ノーウェア』文春文庫 1998年

 1950年,“赤狩り”の嵐が吹き荒れるハリウッドで,男の惨殺死体が発見された。ホモセクシュアル殺人と思わせる事件に,ダニー・アップショー保安官補はのめり込んでいく。一方,ハリウッドの労働組合への弾圧を目論む当局は,マルコム・コンシディーンとターナー・“バズ”・ミークスに調査を担当させる。一見,無関係に見えたふたつの“事件”は,深部で密接に絡まりあっていた・・・

 『ブラック・ダリア』につづく「暗黒のL.A.四部作」の第2弾です。『ブラック・ダリア』もかなり楽しめましたが,この作品は,それ以上に存分に楽しめました。前作と同様,「ボディ・ブロウ」を思わせる,圧倒的な迫力と重厚さを持った作品ですが,それとともに,前作にはないリズム感をも併せ持っているように思います。さながら,油にまみれた歯車が絡み合ってテンポ良く回っている,といった感じです。

 物語は2本の縦糸と3本の横糸よりなります。縦糸とは,ホモセクシュアル殺人を匂わせる男の惨殺死体をめぐる捜査と,ハリウッドの労働組合に対する“赤狩り”の顛末です。第2次大戦中から1950年代にかけてアメリカを覆ったレッド・パージが熾烈を極めたことは,ときおりドキュメンタリィ・フィルムなどで見かけますが(あのウォルト・ディズニィまでが尋問されたそうです),作中においてもそのやり口を微に入り細に入り描き出していきます。とくに相手のプライヴェイトな過去を探り出し,それをネタにして「協力的友人」に仕立て上げるところは,まさにCIAKGBの諜報活動と同質と言え,「ぞくり」とするものがあります。
 3本の横糸とは,このふたつの“事件”に関わる3人の男たち―殺人事件を追うアップショー保安官補,“赤狩り”の担当を命ぜられるコンシディーン刑事ターナー・“バズ”・ミークス元刑事―です。アップショーは野心旺盛な刑事ですが,それとともにみずからが隠し持つホモセクシュアルな性行ゆえに,ホモセクシュアル同士の殺人事件と思われる事件を執拗に追いかけます。またコンシディーン刑事も同様,“赤狩り”を出世の足がかり,さらに息子の親権獲得の有効な切り札として利用すべく,捜査に邁進します。ミークスだけはちょっと異色で,どこか破滅的な性格を持ち,L.A.を牛耳るギャングミッキー・コーエンの情婦オードリーと愛人関係になることで,しだいにのっぴきならない事態へと追い込まれていきます。それぞれの個性と立場が,事件に対する独特のスタンスと視点を提供しており,描写にメリハリをつけています。
 この2本の縦糸―ストーリィ―と3本の横糸―キャラクタ造形―を織り交ぜ,さらに警察と暗黒街との癒着を二重三重に絡まりあわせながら,物語は進行していきます。その筋運びはじつに巧みで,謎が謎を呼び,飽きさせません。そして錯綜に錯綜を重ねた上でのラストでの謎解きの鮮やかさには,爽快感が感じられます。伏線の巧みさが光っています。またほろ苦さを含みながらも,カタルシスにあふれたエンディングも,『ブラック・ダリア』と共通する手法ながら,それ以上の効果をあげているのではないでしょうか。

 ユニークで存在感のあるキャラクタ造形と,緩急自在のストーリィ展開の絶妙な組み合わせが,本作品を魅力的なミステリに仕上げていると思います。

99/10/21読了

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