鮎川哲也監修・山前譲編『凶器の蒐集家 本格推理展覧会 第三巻』青樹社文庫 1996年

 本格ミステリのアンソロジィ・シリーズの第3巻です。テーマは,タイトルにあるように「意外な凶器」,つまりは「意外な犯行方法」とも言えます。監修者によるエッセイ「凶器回想」,編者による解説「凶器の系譜」ほか,9編の作品を収録しています。

甲賀三郎「ニッケルの文鎮」
 殺された男の遺書には,ひとりの人物が犯人として名指しされており…
 初出が大正15年ということもあって,「いかにも」的なトリックですが,それを単体で扱うのではなく,そこに二重三重に別のプロットをかぶせることで,錯綜するストーリィを展開させます。また語り手を若い女性にすることで,テンポのよい(多少スラプスティク色のある)お話作りになっています。
大阪圭吉「デパートの絞刑吏」
 この作者の短編集『とむらい機関車』所収。感想文はそちらに。
仁木悦子「弾丸(たま)は飛び出した」
 テレビ画面から弾丸が飛び出した! さらに雑誌の表紙から,広告ポスターから…
 テレビ画面から発射された弾丸,密室殺人と,奇怪で魅力的な謎がつぎからつぎへと投げ出され,さらにそれらにつぎ込まれるさまざまなトリック,そして見事な伏線回収と,短編ながら「ぜいたく」な作品と言えましょう。
山村正夫「降霊術」
 霊媒のお告げで遺言状を書き換えた陶芸家が殺された…
 怪奇趣味たっぷりの作品で,その雰囲気は楽しめるのですが,ひとつ腑に落ちない点があって,そのことが気になります(ネタばれ反転>自殺を他殺に装い,妻に容疑をかぶせたかったのなら,なんで現場を密室にしたのでしょう?)。
森村誠一「殺意の架橋」
 ある朝,公団住宅に住む平凡なサラリーマンが射殺された。しかしその弾丸の発射地点が特定できず…
 「発射地点不明の弾丸の謎」は,前掲の仁木作品と同様ですが,時代的な違いもあるのでしょう,徹底的な科学捜査によっても特定できないという点で,よりミステリアスと言えます。そしてなんといっても本編の持ち味は,最後に明かされる(ないしは「想像される」)「巨大トリック」でしょう。「社会派推理」という枠組みを,動機だけでなくトリックにまで結びつける「力業」と言っていいのではないでしょうか。
赤川次郎「見えない手の殺人」
 娘との交際を反対している父親と争っている途中,父親が急死した…
 ここで言う「見えない手」というのは,(本書のテーマである)直接の死因となった「凶器」であるとともに,古典的経済学者アダム・スミスが言ったような,市場を支配する「神の見えざる手」に相似たものなのでしょう。それにしても,なんともビターな作品です。「ユーモア・ミステリ」を期待すると…
泡坂妻夫「バースデイロープ」
 ホテルの一室で発見された絞殺死体…その凶器に使われたロープは…
 曾我佳城シリーズの1編。凶器の使い方も意外ですし,また伏線の回収も,この作者らしくそつのないものですし,会話を巧みに用いて犯人特定まで至っているところもうまいです。しかし,やはりこのシリーズは,どうも地味というか,いまひとつ盛り上がりに欠けるというか…「凶器の謎」をもう少しクローズアップした方が…
東野圭吾「白い凶器」
 墜死…事故死…ひとつの会社のひとつの課で,つぎつぎと変死事件が…
 「凶器」に対する着眼点というか,解釈にうならされます。またその「凶器」を,読者の目から隠すためのミス・リーディングが,同時に,その「凶器」を成り立たせるシチュエーションをも産みだしているという鮮やかさにも感心させられます。
芦辺拓「殺人喜劇の不思議町」
 凶器に使われたのは,17世紀ヨーロッパの火縄銃?
 ここのところ,この作者といえば「探偵と怪人のいるホテル」「天幕と銀幕の見える場所」など,異形コレクション寄稿作品に触れる機会が多かったせいか,久しぶりに,凝ったトリックのコテコテ本格ミステリを読むと,かえって新鮮です(笑) いや,こちらが「本領」なのでしょうが…

06/01/08読了

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