大阪圭吉『とむらい機関車』創元推理文庫 2001年

 9編の短編ミステリと,10編の随想を収録しています。この作家さんの作品は,アンソロジィでときおり見かけますが,まとめて読むのは今回がはじめてです。

「とむらい機関車」
 “私”が鉄道会社を辞めた理由,毎年同じ日にH市に出かける理由,それは風変わりなものなのです…
 「辞めた理由・出かける理由」という意味ありげなイントロダクション,「連続豚轢死事件」という魅力的な謎,巧みな伏線,哀しく痛ましいエンディングなどなど,表題作に選ばれるだけあって,きっちりとまとまった好短編ですね。また“私”による「語り」とすることで,事件の余韻を上手に醸し出しています。
「デパートの絞刑吏」
 デパート屋上からの墜死体には,絞殺の痕跡が残っており…
 名探偵青山喬介もの。今の目からするとトリックは途中で見当がつくところがあるものの,探偵役の推理を裏付けるように,きちんきちんと証拠が提示されていく展開は,小気味よいですね。この作品もエンディング・シーンがすっきりしていていいですね。
「カンカン虫殺人事件」
 港から行方不明になった労働者ふたり。そのうちのひとりが死体で発見され…
 事件の真相そのものは,やや小粒ですが,むしろ本作品の眼目は,青山喬介の推理プロセスの鮮やかさにあるのでしょう。「とむらい機関車」もそうですが,この作者,近代的な機械とか工場などに愛着があるように思われます。
「白鮫号の殺人事件」
 隠遁した元船長が殺害され…
 この作品も,探偵役・青山の推理が小気味よいですね。細かい事象の観察から推理を組み立てていくところは,まさにホームズの「嫡子」といったところでしょう。ただひとつ気になったのが次の点です(ネタばれなので反転させます。読みたい方はマウスをドラッグさせてください)犯人はなんで死体を海中に捨ててしまわなかったのでしょう? その方がはるかに効率的なのに?
「気狂い機関車」
 駅のプラットホームに投げ捨てられた他殺死体…
 う〜む…この作品も,探偵の名推理を際だたせるために,ことさらに犯人側のトリックを複雑なものしているようです。作為性が強すぎるような。この犯人の立場だったら,もっとシンプルにやれたように思います。
「石塀幽霊」
 殺人現場から逃げ出したふたりの男は,1本道で煙のように消え失せ…
 ほんの小さな手がかりからの疑問,さらにそれに被さるように生じた不可能状況−見えるはずのない状況で見えた犯人−と,ストーリィがテンポ良く展開していくので,サクサクと読めるところがいいですね。真相は「知らないとわからない系」とはいえ,インパクトがあり,驚かされます。
「あやつり裁判」
 その女は,複数の裁判で証人として証言していた…
 「複数の裁判で証言する女」という魅力的なオープニングがいいですね。偶然なのか? それとも何か意図があるのか?という「謎」で,読者を「ぐい」と作品に引き込みます。着地も見事に決まっています。
「雪解」
 北海道で金鉱を探す山師の黄太郎は,ある親子と出会ったことから…
 「人を呪わば穴ふたつ」という,オーソドクスとはいえ,緊迫感あふれるクライム・ノベル。とくにラストの「ある状況」へ持っていくための手堅いストーリィ展開がいいですね。また絶望と欲望と狂気が錯綜するクライマクスは鬼気迫るものがあります。
「坑鬼」
 火災発生直後の炭坑で,立て続けに殺人事件が起こり…
 戦前のプロレタリア文学の発表の場である『改造』という,特異な発表媒体ならでは社会派本格ミステリです。炭坑という過酷な労働現場を舞台としながら,そこで起こる連続殺人の謎を,この作者らしい,一歩一歩理詰めで解いていくプロセスが楽しめるとともに,容疑者尋問中に次なる事件が発生したり,犯人をおびき寄せるために囮とした人物が殺害されたりと,ストーリィ・テリングも出色。本集中,一番楽しめました。

 このほか本集には,幻想的な雰囲気を持つエッセイ「我もし自殺者なりせば」や,探偵小説勃興期の気概をユーモラスにつづった「探偵小説突撃隊」,軽快な語り口ながらも,ミステリ小説作法の本質を鋭く突いた「お玉杓子の話」などが収められています。

01/11/07読了

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