小野不由美『黒祠の島』ノン・ノベルス 2001年

 「そう――強いて言えば,そういうもんだから,なんだろうな」(本書より)

 九州の北西部に浮かぶ孤島“夜叉島”。失踪したノンフィクション作家・葛木志保の行方を追って上陸した式部剛は,その島で陰惨な殺人事件が起こっていたことを知る。しかし,調査をはじめた彼を待ちうけていたものは,不可解な因習と信仰,そして島の権力者・神領家による徹底的なまでの拒絶と隠蔽だった。島にとって「招かれざる客」となった彼がたどり着いた事件の真相とは?

 西澤保彦の本格ミステリでは,「SF的状況」が設定され,その「状況」が持つ一定のルールの元で事件が起こり,そして解明されます。山口雅也『日本殺人事件』もまた,現代日本をカリカチュアした「架空の日本」という社会での規範や価値観の中で犯罪が発生します。ともに,あらかじめ設定された「異界」のルールや「常識」に沿った形で,本格ミステリが構築されているわけです。この手法は,本格ミステリでしばしば指摘される「非現実性」を,最初から「自明のもの」としてしまうことで,その「非現実性」を超克するものと言えましょう。

 さて本編の舞台「夜叉島」は,その島の信仰が明治の頃に「黒祠」,つまり「邪教」とされたことから,きわめて閉鎖的であるとともに,島民の心の襞にまで染み込んだ信仰に裏打ちされて,元網元の神領家が,さながら封建領主のごとき権力を握っている島です。作者は,主人公にして,島の「余所者」である式部剛の目を通して,わたしたちの「常識」が通用しない「異界」としての「夜叉島」の姿を描き出していきます。それは『屍鬼』で見せた緻密で的確な描写力を彷彿させるものがあります。
 しかし「夜叉島」の異界性は,けっしてわたしたちの日常から,とんでもなく遊離したものではありません。むしろ,わたしたいが普段の何気ない思考方式や行動様式の奥底に眠る「ムラ的な心性」−それは『屍鬼』でも描かれていました−をクローズ・アップしたものとも言えましょう。要するに「夜叉島」は,「余所者」である式部の目からすると,独特の社会的規範と信仰に則った「異界」であるとともに,わたしたちの「日常」から地続きの世界でもあるわけです。それゆえ物語は,読者にとって理解しやすく馴染みやすい日常性が適度にブレンドされていて,「異界」らしいエキゾチシズムを持ちながらも,すんなりと作品世界に滑り込んでいけます。
 またストーリィ・テリングも巧みで,主人公が,わずかな手がかりから事件を追いかけていく途中,ときに新たなきっかけを,ときに意外な関係を,展開に合わせて上手に挿入しており,ストーリィにリズム感を与えています。読んでいて飽きさせません。とくに主人公が,島民から思わぬ「噂」を聞き,その背後に隠された「島の論理」を知っていくプロセスは,その提示の仕方が刺激的で驚かされるとともに,それを経過すると「なるほど」と納得できる−同時に本作品の舞台における「ルール」を知ることができる−という点で,楽しめました。「風車」「風鈴」に代表されるような映像的な効果もよく,雰囲気をよく盛り上げています。
 ミステリとしては,オーソドクスといえばオーソドクス,手堅い感じがしますね。結末はやや意外性に欠けるうらみはありますが,それを補うショッキングさを持っている点,おもしろく読めました(「意外性に欠けていてショッキング」というと,なんか語義矛盾のようにも聞こえますが,そこらへんは読んでからのお楽しみ,ということで・・・(^^ゞ)

01/03/18読了

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