山口雅也『日本殺人事件』角川文庫 1998年

 本書は,作家「山口雅也」が,古本屋で見つけた1冊のペーパーバック,Samuel X作の“Japan murder case”を翻訳した,という体裁です。“原作者”は,日本にある程度知識があるものの,その一方でとんでもない勘違いをしている,という設定で,彼の描く“日本”は,サムライはいるわ,クルワはあるわ,サドーは義務教育だわ,といった具合です。そんな“見知らぬ日本”にやってきたアメリカ人“東京茶夢”が遭遇する3つの事件を描いた連作短編集です。
 「パラレル英国」やら「死者が蘇る世界」やら,“異世界”の本格ミステリを描いてきたこの作者ですが,なるほど,こういう“異世界”の描き方もあったんだな,と感心しました。

「微笑と死と」
 来日した茶夢は,義理の伯父を頼ってカンノン・シティを訪ねる。その最初の夜,泊まった旅館“ハットリ屋”で,彼はセップク事件に遭遇し・・・
 トリックそのものはシンプルなものですが,“見知らぬ日本”という設定を巧く使っており,また事件にいたる経緯や犯人の動機なども,設定に沿った感じで,なかなか楽しめました。
「侘(わび)の密室」
 伯父の紹介で,茶無が出席した茶の湯の席で,密室殺人事件が発生し・・・。
 某古典ミステリのパロディとなっているようです。ですから,その元ネタを知らないと,この真相は,かなり腹が立つんじゃないでしょうか? しかし,ちょっと強引な真相を,この設定の中で描くことで,不思議な雰囲気に仕立て上げています。そういった意味ではおもしろいかも・・・。
「不思議の国のアリンス」
 海に浮かぶ小島“クルワ島”,偶然知り合った遊び人サヘイジとともに,遊郭へ行った茶夢。そこで彼は,連続殺人事件に巻き込まれ・・・。
 前2編が,“ワン・アイディア・ミステリ”という感じで,「設定説明」を兼ねた「前振り」と言えなくもないのに対し,“見立て殺人”を扱った,このエピソードが本作品集のメインになるのかもしれません。
 オーソドックスな本格ミステリだな,という印象です。伏線もきちんと引かれていますし。ただ,いまひとつインパクトに欠けるところがあるように感じてしまうのは,ぶっ飛んだ設定とのギャップでしょうか? また本作品集のメインに「見立て殺人」を持ってきたのは,この作品自体が,現代日本の「見立て」になっていることと関係するかもしれません。

98/06/04読了

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