池波正太郎『剣客商売 陽炎の男』新潮文庫 1986年

 さて3巻です。
 いやぁ,これは面白かったです。フェイス・マークは,「(^o^)」にしてますが,ほんとうは「\(^o^)\」をつけたいくらい面白かったのです。しかしそれは,1巻2巻を読んだ上でのこと,ということで「(^o^)」にしました。

 ではなにが面白かったかというと,まずなんといっても脇キャラの活躍です。これまでもそれぞれに独特の味わいがある脇キャラ群でしたが,どうしても秋山小兵衛という強烈なキャラクタに引きずられるというか,その光芒に少々影が薄いところがあるのは否めませんでした。それが,この3巻にいたって,脇キャラが急速に生き生きとしてきます。
 とくに秋山大治郎,小兵衛の庇護を離れるところからこのシリーズは始まりましたが,この巻では完全にひとりでさまざまなトラブルにあたっていきます。たとえば「東海道・見付宿」。かつて世話になった見付宿の浅田忠蔵から届いた助力を求める便り。大治郎は単身,見付宿へ赴き,危難に陥った浅田を救い出します。
 また「婚礼の夜」でも,旧友・浅岡鉄之助を狙う無頼浪士たちを,「まったく,当の鉄之助の知らぬうちに・・・」撃退します。その際,小兵衛も「これは,お前の友だちのことだ」「わしの出る幕はないようじゃな」と,いっさい大治郎を援助しません。1巻の「まゆ墨の金ちゃん」での親ばかぶりも影を潜めています。いよいよ大治郎も「剣客」としてひとりだちをし始めたようです。このシリーズ,大治郎や佐々木三冬の「成長物語」的な側面もあるのかもしれません。
 その佐々木三冬,「陽炎の男」で,自分の恋心に気づきます。もともと彼女は,小兵衛に恋心を抱いていたのですが,このあたりから大治郎への思いを募らせていきます。うがった見方をすれば,かつて実の父親・田沼意次に対する反発から,いわば「代替父親」として小兵衛を慕っていたのが,意次との関係が好転する過程で「代替父親」が不要になり,目前に現れた若き剣客・大治郎へと思いを移らせていったのではないでしょうか? その三冬,このエピソードでは,入浴中に何者かに襲われ,全裸で迎え撃ち,撃退してしまいます。う〜ん,なかなか色っぽいシーンですね(笑)。
 こういった脇キャラの活躍に,小兵衛も黙っていません(笑)。「深川十万坪」では,譜代大名・桑名松平家の無頼家中を相手に大立ち回りを演じます。たとえ相手が将軍家と縁続きとはいえ,悪行を懲らしめずにはいられない小兵衛の「一本気」がよく出ているエピソードです。

 ところで3巻まで読んできて思ったのですが,「剣客」というのは,やはり「武士」なんだな,ということです。この場合の「武士」というのは,いまでいえば「軍人」ということです。「軍人」には「いかに敵を攻略するか」という「兵法家」という側面が求められます。小兵衛や大治郎の行動パターンを見ていると,彼らは,みずからの剣の腕を頼みとする「剣客」であるとともに,情報を収集し,状況を分析し,さまざまま策略・罠を用いて敵を倒していく「兵法家」といった「顔」を持っているように思います。そこには,前巻の感想で書いた「探偵」としての才も含まれているのでしょう。

98/06/21読了

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