池波正太郎『剣客商売 辻斬り』新潮文庫 1985年

 やっとみつけた2巻目です(笑)。
 さて今回も,秋山小兵衛・大治郎親子, 辻斬りやら敵討ちやら,誘拐,殺人,果てはたちの悪い兄妹喧嘩などなどのトラブルに巻き込まれます。ところが,秋山小兵衛,なにやら少々風向きが変わってきた様子,そのトラブルに,自分から首を突っ込むような気配が強くなってきています。
「いかにも,な。六十になったいま,若い女房にかしずかれて,のんびりを日を送る。じゃが,男というやつ,それだけではすまぬものじゃ。退屈でなあ,女も・・・」(「辻斬り」)
だそうな(笑)。「辻斬り」では,権力を笠に着る辻斬り侍を,大治郎とともにバッタバッタと切り伏せ,また「老虎」では,江戸で行方不明になった息子を捜しに出てきた老剣客の敵討ちの助太刀と,相変わらず元気のいい爺さんです。
 その極めつけが「不二楼・蘭の間」。その前のエピソード「妖怪・小雨坊」で,秋山親子を狙う異形の男によって隠宅を焼かれてしまった小兵衛,新しい家が建つまで,行きつけの料亭「不二楼」でおはるともども居候生活。で,その店の「蘭の間」の雪隠は,前巻「芸者変転」で,座敷女中のおもとが,不穏な密談を盗み聞きした場所。今回,小兵衛は,ひょんなことからその部屋で殺人計画を耳にしてしまいます。で,小兵衛,その計画を阻止するのですが,そのラスト,蘭の間の前に立つ小兵衛,そこにおもとが客を案内する足音,おもわず雪隠に隠れた小兵衛はつぶやきます。
「こりゃいかぬ。とんだ悪い癖がついてしまったわえ」
 なんだか憎めない爺さんです。

 この作品集で一番好きなエピソードは「悪い虫」です。ある日,大治郎の元を訪れたひとりの若者・又六,なけなしの5両を払って,10日で剣術を覚えたいという。なにやら訳ありの様子に,秋山親子,独特の「修行」をさせるのだが・・・,というお話。ちょっとおつむが弱そうでありますが,まじめで素朴,純な又六のキャラクタが,読んでいて好感が持てます。又六につく「悪い虫」である義兄・仁助に,彼が立ち向かうシーンは,緊張感があるとともに,ほろりとさせられました。しかし,又六の「修行」,事情を知らない人が見たらホモのSMに見えるかも(笑)。

 ストーリィ的に楽しめたのは「三冬の乳房」。男装の女剣士・佐々木三冬は,ある夜,小間物問屋山崎屋の娘・お雪の誘拐現場に遭遇します。その誘拐劇の裏には深い事情がありそうで・・・,というエピソードです。この話の小兵衛,剣客であるとともに,子飼いの岡っ引きを縦横無尽に使う「探偵」といった趣です。さりげなく「伏線」が引かれているあたりも,ミステリっぽいですね。またいったん事なきを得たお雪が,ふたたび行方不明に,といったところもアップテンポな展開で楽します。それにしてもこのタイトル,「なんだろう?」と不思議に思っていたのですが,ラストでその意味が判明。この作者もなかなか人を喰ったところがありますね。

 ところで・・・・・・。
 この作者の作品には,おいしそうな料理がたくさん出てきますが,この巻で出てきた「蛤飯」(「妖怪・小雨坊」),ぜひ食べてみたいですね。お・・・おいしそう。

98/06/20読了

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