泡坂妻夫『からくり富 夢裡庵先生捕物帳』徳間文庫 1999年

 町奉行配下,八丁堀同心富士宇右衛門,通称夢裡庵先生を主人公とした作品7編をおさめた連作短編集です。同シリーズに『びいどろの筆』という作品があるそうですが,こちらは未読です。

 この作者の捕物帳には,この作品の他に「宝引の辰シリーズ」『鬼女の鱗』『自来也小町』)があります。そちらは,主人公の辰のエピソードを,周囲の人物が語るという,一風変わった作品ですが,こちらもまた少々手の込んだ体裁をとっています。
 まず,「夢裡庵先生捕物帳」とありますように,夢裡庵先生は全編に必ず顔を出すキャラクタではありますが,各編の「主人公」はそれぞれ異なっています。たとえば,獣に食いちぎられたようにして殺された侍の謎を解く「もひとつ観音」では,芸人の芥子之介,瓦版書きの頓鈍,読売の貞次らが前面に出ていますし,また「新道の女」のメイン・キャラクタは古道具屋の与七と,踊りの師匠白蝶,といった具合です。各編の謎は,彼らによって解かれていきます。
 しかしだからといって,夢裡庵が無能であるわけではありません。白蝶によって殺人と金蔵破りの謎が解かれた「小判祭」において,夢裡庵は彼らとほぼ同時に真相にたどり着いて事件を解決しますし,古銭がらみの殺人を扱った「猿曳駒」でも,すべてを含んだ上で,人情味ある処理で事件を落着させます。
 つまり作者は,夢裡庵を主人公にすえながら,彼を中心には置かず,その周囲の人々に事件を語らせ,謎解きさせるという形をフォーマットとして,各編にそれぞれ違った味わいを持たせるようにしているようです。主人公が主人公であって主人公でない,そういった通常の連作ミステリにひとひねり加えた体裁の作品です。

 それに加えて作者は,各編の「主人公たち」にもうひとつの趣向を凝らしています。それは各編の「主人公」が「リレー形式」になっていることです。各編,だいたいホームズ役ワトソン役のふたりがメインとなって謎解きをしますが,そのうちのホームズ役が,つぎの短編でワトソン役として登場します。たとえば,「もひとつ観音」のホームズ役,読売の貞次は,つぎの「小判祭」ではワトソン役,ホームズ役の白蝶もまた,そのつぎの「新道の女」では,古道具屋の与七にホームズ役を譲る,といった具合です。
 最初はこのふたつの趣向がよくわからず,ちょっと戸惑いましたが,読んでいくうちにわかってくると,なんとも楽しく,つぎの作品に入って,新しいキャラクタが出てくると,「あ,今度はこのキャラがホームズ役かな?」などと,ついニヤニヤしてしまいます。「仕掛け好き」のこの作者らしい,茶目っ気たっぷりの趣向と言えましょう。
 はたしてこの「リレー」が,延々と続くのか,それとも最後に,最初のエピソードにつながって円環をなすのか,それはもう1作『びいどろの笛』を読むまでのお楽しみといったところです。

 個人的には,「小判祭」「新道の女」「猿曳駒」といったところがお気に入りです。

98/07/17読了

go back to "Novel's Room"