レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』創元推理文庫 1970年

 「吸血鬼が特定の人たちに,しだいに激しく取りついていくのは,恋情によく似ております」(本書「吸血鬼カーミラ」より)

 表題作を含め,7編を収録した短編集です。

「白い手の怪−「墓畔の家」から−」
 アンソロジィ『恐怖と幻想 第2巻』『ロアルド・ダールの幽霊物語』にそれぞれ「手の幽霊の話」「手の幽霊」と題して収録されています。感想文はそちらに。何度読んでも「ぞくり」と来る佳品です。
「墓掘りクルックの死」
 流浪の末,故郷で墓掘りをするクルックが死んだ晩に現れたのは…
 おそらくベースにあるのは「悪魔との契約」という古典的なモチーフなのでしょう。しかしそのメインとなるべき「契約」の部分をばっさり削り落とし,クルックの謎めいた過去と,猛々しいまでの圧倒的な存在感を持つ悪魔とを強調することで,奇譚としての独自性を産み出しています。
「シャルケン画伯」
 師匠の娘と恋仲になったシャルケン。しかし思わぬ横槍が…
 1枚の肖像画に秘められた奇談といったスタイルの作品です(こういったスタイルはけっこう好きです)。娘への求婚者が家から出て行く姿が見えない,というシーンを挿入することで,求婚者の「異形性」を上手に浮かび上がらせるところが絶妙です。また逃げてきた娘が,ふたたび連れ去られるシーンも,オーソドクスながらスリルに満ちた躍動感あふれるものです。こういった「視覚性」に富んでいるところも,本作者の魅力のひとつと言えましょう。
「大地主トビーの遺言」
 父親の死後,ふたりの兄弟は骨肉の争いを繰り広げるが…
 ミステリではおなじみ(笑)遺産をめぐる骨肉の争いのホラー・ヴァージョンです。死んで後まで,息子たちを支配しようとする父親の妄執がすさまじいですね。でもって,その死霊の造形に,ブルドックという犬を巧みに用いて,おどろおどろしさを巧みに増幅させています。
「仇魔」
 婚約整い,順風満帆の男の周囲に奇怪な出来事が続発し…
 しだいしだいに恐怖に苛まれて狂気に陥っていく主人公の描写がいいのですが,ミステリ者としては,どうしても腑に落ちないところがあるんですよね。つまり,「足音だけして姿が見えない」というスーパーナチュラルな部分と,脅迫状や銃撃といったフィジカルな部分との整合性がいまひとつはっきりしないまま共存してしまっていて,そこらへんがどうもいまひとつでした。
「判事ハーボットル氏」
 無実の男を絞首刑にした判事を待ち受けいた運命は…
 「因果応報」という軛から脱したとき,たしかにホラーは,その世界を広げたのでしょう。しかしその一方で,「因果応報」がもたらすカタルシスもまた,ホラーの持ち味として,けっして失われることはないと思います。傲岸不遜な「裁く側」である主人公が「裁かれる側」にまわってしまう場面が持つ痛快さは,そこらへんにあるのでしょう。
「吸血鬼カーミラ」
 ふとしたことから同居することになった美少女の名はカーミラ…
 吸血鬼はつねに性愛的なメタファで語られますが,本編は,その吸血鬼を美少女と設定することで,倒錯的なエロティシズムを前面に押し出しています(主人公がカーミラに襲われるシーンは,まさに性的エクスタシィの描写そのものと言えます)。そんな斬新さともに,知り合いからの不可解な手紙,周辺の農村で続発する怪死,カーミラそっくりの古い肖像画といった,ひとつひとつ「前兆」を積み重ねていく展開は,まさに怪奇小説黄金時代の醍醐味が味わえます。

05/01/10読了

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