スティーヴン・キング『人狼の四季』学研M文庫 2000年

 「町は数々の秘密の保管場所なのだ」(本書より)

 アメリカの田舎町ターカーズ・ミルズは,その年,邪悪と恐怖の影に覆われた。毎月,満月の晩に限って,猟奇的で残虐な殺人事件が起こるからだ。町の住人たちは「満月の殺人狂」と呼んだが,被害者たちだけは知っていた…“犯人”が人間ではないということを…人狼だということを…

 「訳者あとがき」によれば,本作品は,アメリカン・ホラー・コミック作家バーニ・ライストンのカラー挿画を含んだ,1983年出版の豪華限定版だったそうです。その後,キングの希望によりペーパーバック版が出るまで,「幻の作品」とされていたそうです。
 で,まずそのカラー挿画の扱いについて苦言を。
 本作品は「1月」から「12月」までの全12章よりなっています。そして1章につき1枚のカラー挿画が対応しています。想像するに豪華限定版では,各章の途中にでもそのカラー挿画が挿入されていたのでしょうが,この翻訳版では,12枚のカラー挿画は,途中にまとめてあります。これは,はっきり言って失敗です。なぜかというと,カラー挿画には,当然のごとく,各章の内容の一部が描かれている,それがまとめて挿入されていれば,自然とその挿画を,本編を読んでいる途中で見てしまうわけです。その結果,カラー挿画の内容から,その後の各章の内容が見当ついてしまうのです。おそらくは製本の手間やコストが理由と思われますが,きわめて無神経な処置といわざるえないでしょう。

 さて本編は,上にも書きましたように,ファン向け,マニア向けの豪華限定本として出されたものです。その成り立ちが,良くも悪くも,作品の内容に色濃く影響を与えているようです。
 よく言えば,訳者も指摘しているように,キング作品の「エッセンス」が詰まった作品と呼べましょう。たとえば舞台となっているターカーズ・ミルズは,この作者が好んで取り上げる「アメリカの田舎町」です。作中,雪で電線が切れて,電気が通じなくなるというシチュエーションは,何度となくキング作品で描かれているのではないでしょうか。そしてその小さな町にさえ,さまざまな秘密と欲望,不和が隠れているという設定も同様です。
 また主人公となるマーティ・コスロウは,車椅子生活を余儀なくされているハンディ・キャップを背負った少年です。そんな彼は,唯一,人狼の正体を知っており,危機に追い込まれるとともに,反撃を試みるというパターンは,まさに典型中の典型と言えましょう。また無理解な両親に対して,物わかりがよく協力者となるアルおじさんという存在は,手を変え品を変えながらも,キング作品では何度となく登場するキャラクタと言えましょう。
 そしてなんといっても,メイン・モチーフである人狼,それも満月の晩に変身するという,きわめてオーソドクスな人狼は,「古い酒を新しい革袋に」という,キングのもっとも得意とするところです。また最後に明かされる人狼の正体も,作者の現代の宗教に対する考え方−たとえば『ニードフル・シングス』『グリーン・マイル』で描かれたペシミスティックな考え方の一端が現れているとも言えましょう。
 このように「エッセンス」を盛り込むことは,作者のファンやマニアに対するサービス精神の現れであり,豪華限定本としての性格がしからしむものでしょう。ただしその結果,この作者のもうひとつの特色−粘液質的なトリヴィアルな描写を積み重ねていくことで,「恐怖」の核心に至るまでの「不安」を上手に盛り上げていくという側面が,欠落してしまっていることは否定できません。
 それゆえ,「エッセンス」といえば聞こえは良いのですが,逆に「キング・ブランド」の「カタログ」を読まされているような,ある種の味気なさが,どうしても感じられてしまいます。

 ですから逆説的になってしまいますが,「キング馴れ」したファン・マニアよりも,これからキングを読んでみよう,でもあのヴォリュームからちょっとためらわれる,といった「キング初心者」の方が,より適切な読者になるのではないか,などと思いました。

03/08/08読了

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