山田正紀『ふしぎの国の犯罪者たち』文春文庫 1983年

 客が本名も職業も明らかにすることが禁じられた不思議なバー“チェシャキャット”に集う3人の常連―“兎(うの)さん”“帽子屋さん”“眠りくん”。新聞に載った傲慢な広告に腹を立てた彼らは,現金輸送車を襲撃する。それは,危険ではあるけれど,一種の“ゲーム”“遊び”だった。そう,はじめのうちは・・・

 この作者の好きな「ゲーム」「アマチュアvsプロフェッショナル」をメイン・モチーフとした連作短編集です。
 オープニングの「襲撃」では,きわめて厳重な「装甲現金輸送車」を襲撃,現金を強奪しようとします。襲撃者は,兎(うの)さん・帽子屋さん・眠りくんという3人の素人。冒頭に,ターゲットの輸送車が,犬を轢き殺したにも関わらず,スピードを落としもせず通過していくシーンが描かれ,主人公の輸送車に対する不快感・反感を描き出すことで,巧みに読者を作品に引き込むところは,上手いですね。襲撃計画そのものは少々危ういものを感じますが,語り手である“私”の,どこかとぼけた感じの文章(それは全編に通じるのですが)で描き出されるストーリィは,軽快でテンポよいですね。
 つづく「誘拐」では,どこからか「現金輸送車襲撃事件」の真相をかぎつけた「凶悪ブラザーズ」が,3人に誘拐(正確には誘拐での身代金の受け渡し)を強要してきます。誘拐を手伝えば犯罪者,手伝わなければ警察に密告される,絶体絶命の3人がいかなる方法で危機を脱するか,という作品です。あまりなじみのない機械が使われている点,ちょっと興醒めもしますが,一種の「コン・ゲーム」として,なかなかの佳品ではないかと思います。内容的には一番楽しめました。
 そして「博打」は,3人のひとり“帽子屋さん”に持ち込まれたイカサマ・バクチをめぐるエピソードです。これまた前作「誘拐」と同様のテイストを持っていますが,一見,途中で目論見がはずれたかのごとき展開から,もうひとひねりして着地するところは気持ちがいいですね。ハードボイルドもはいってますし(笑)。
 なお各編が語り手が“兎さん”“眠りくん”“帽子屋さん”と交代しており,それぞれの「素性」が,しだいに読者に明らかにされるという仕掛けになっています。

 さて,この作者の「連作」というと,『人喰いの時代』『女囮捜査官』シリーズなどを読んでいますので,けして一筋縄ではいかないと思っていましたが,やはりラストのエピソード「逆転」にいたって,物語はその様相を大きく変貌させます。“チェシャキャット”のアルバイト女子大生“アリスちゃん”から“私”は,警戒厳重な「斎藤博物館」「マリアの宝飾」のダイヤモンドを「返す」という依頼を受けます。しかし,“私”の「いやな予感」が的中し・・・というお話です。
 それまでは,あくまでゲームとしての犯罪であった本作品のエピソードが,最後の最後になって,なんとも後味の悪い結末を迎えてしまいます。この作者の作品には,こういった結末がけっこう多いところを見ると,この作者,「ゲームが好きだ」と口では言いながら,それとは逆に「ゲーム的結末」を嫌っているんじゃないかなぁ,と思えてならないときがあるんですよね。たしかに,それまで描かれていた各エピソードに漂っていた「落ち着きの悪さ」が,相互に結びついて,「ことの真相」が明らかにされるという点では良くできた作品ではあると思うのですが,「ふしぎの国」の事件で収束してほしかったというのが,個人的な希望でしたね。わたしが「甘ちゃん」なのかな?^^;;

 ところでこの作品の初期設定―名前も職業も知らない者同士が,ひとつの計画に参加し合う―って,ネット上のつき合いに通じるものがありますね。

99/11/03読了

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