シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』河出書房新社 2003年

 「そして男は語った。いままで一度も語ったことがなく,語るべきことだったから,男はそれについて語った」(本書「不思議のひと触れ」より)

 『フェッセンデンの宇宙』『夜更けのエントロピー』と同じ,「奇想コレクション」の1冊です。10編を収録しています。

「高額保険」
 なんで俺がこんなところにいるかって? それはな…
 設定に少々あざといところもありますが(笑),中盤のスリル,ラストでの鮮やかなツイストが楽しめるショートショートです。
「もうひとりのシーリア」
 のぞき見趣味の男が,生活感のまったくない部屋で見いだしたものとは…
 「未知なる隣人」は,近代都市生活者の宿命とも言えるものでしょう。そして,その「未知性」にSF的着想が入り込むこともけっして不自然ではありません。しかし本編における「都市性」は,その「未知性」そのものではなく,主人公の「未知性」に対する都市生活者的な「距離の取り方」に現れているのではないかと思います。
「影よ,影よ,影の国」
 母親に部屋に閉じこめられた少年は,ひとり影絵で遊ぶ…
 主人公と母親との関係,母親の性格などを,短く的確な表現や発言で浮き彫りにしています。それゆえスーパーナチュラルな展開であるにもかかわらず,ラストへの流れがじつにスムーズに作り出されています。つくづく「巧い作家」だと思います。
「裏庭の神様」
 男が裏庭で掘り出したモノ…それはなんと神様だった!
 神が主人公に「ある能力」を与えたのは,もしかすると,結末を導き出すための深遠な考えだったのかもしれません。つまり「神様は人間なぞにかまっちゃいられない」という。あるいはまた,神は人が信じるがゆえに存在する,ということなのでしょうか。
「不思議のひと触れ」
 ともに人魚に恋した男と女が,岩棚で出会って…
 世にさまざまな「偶然の出会い」「奇妙な出会い」に端を発するラヴ・ストーリィはあるのでしょうが,本編ほど「不思議な出会い」を描いた作品も珍しいのではないでしょうか。しかもファンタジィでありながら,登場するふたり男女の心の動きがとてもリアルで,そのバランスが絶妙です。
「ぶわん・ばっ!」
 一流のドラマーになる方法? 俺が教えてやるよ…
 「巧妙な語り」を用いている点で,上記「高額保険」と同趣向の作品ですが,より洗練されています。本編のキーとなる,「利用できるものはなんでも利用する」という「一流になる条件」を,奇抜な発想をもりこみつつ,上手に描きだしていますね。また急降下するジェット機が,地上すれすれで転回し,ふたたび大空に羽ばたいていくような,そんなさわやかな「青春ドラマ」的なテイストもあります。
「タンディの物語」
 少女が,その人形“ブラウニー”を拾ったのが,すべてのはじまりだった…
 物事には「因」と「果」があり,両者の間のさまざまな「結びつき方」が,「物語」となるのでしょう。そして「奇抜な結びつき方」を,現実の地平の上で設定するのがミステリならば,現実から飛翔して描き出すのがSFなのかもしれません。まぁ,そんなことはともかく,主人公の少女タンディの生き生きとした描写だけでも,十分に楽しめる作品です。
「閉所愛好症」
 新しく来た美しい下宿人と話しているうちにクリスは…
 やっぱりこの作家さんは「SF」だったんだな,と思い出させる(笑)1編です。しかし,人類の宇宙進出というオーソドクスな素材を扱いながら,少しばかり「ひねた視線」(<褒め言葉)で描いているところも,この作者らしいところでしょうね。
「雷と薔薇」
 核攻撃を受け壊滅した国の秘密基地。そこを訪れた歌手の真意は…
 被害者が加害者になり,そしてふたたび被害者に転ずる…果てしなき憎悪と復讐の連鎖…それを止めることができるのは,おそらく「被害者」の悲壮なまでの決意しかないのかもしれません。主人公の最後の行為は,スター・アンシアが「憧れのスター」だからではなく,彼女が,そんな決意をした「被害者」であることを知ったからなのでしょう。
「孤独の円盤」
 空飛ぶ円盤に“話しかけられた”女は…
 皮肉な描き方も可能な“空飛ぶ円盤”の解釈を,人間のとある行為とアナロジカルに結びつけることで,リリシズムに満ちた作品へと仕立て上げています。

05/01/16読了

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