恩田陸『不安な童話』祥伝社文庫 1999年

 25年前に刺殺された女流画家・高槻倫子。その遺作展を見に行った古橋万由子は,自分の首筋に襲いかかるハサミを幻視し,気絶する。翌日,倫子の息子・秒の訪問を受けた彼女は,彼から,自分が倫子の生まれ変わりだと告げられる。以来,彼女の周囲には奇怪な現象が相次ぎ,そして「秒から手を引け」という脅迫の電話が・・・

 物語は,大きくふたつの流れから構成されます。ひとつはスーパー・ナチュラルで幻想的な流れ。他人の心を「見る能力」を持った主人公古橋万由子は,高槻倫子の絵画を見たときから,自分の記憶にない「光景」を見るようになります。それは倫子の記憶なのか? 高槻秒が言うように,万由子は倫子の「生まれ変わり」なのか? 
 もうひとつの流れは現実的でミステリ的な流れです。四半世紀前,倫子を殺したのは誰か? 彼女が残した「遺言」に従って,4人の男女に倫子の絵が贈られます。怪しげな画商伊藤澪子,大企業の会長矢作英之進,倫子の高校時代の同級生十和田景子,殺された倫子の第一発見者手塚正明。それぞれに贈られた絵画に込められた倫子の真意はなんなのか? 彼らのうちに倫子殺害犯はいるのか?
 幻想的な側面と,現実的な側面とが相互に絡まり合い,共振しあいながら,ストーリィは進んでいきます。そしてその軸となる主人公の不安な心情が,この作者お得意の情感溢れた筆致で描き出されていきます。ここらへんの筋運びは,やはり手慣れたもので,ところどころに挿入される「ニアデス経験」や,「生まれ変わり」をめぐるペダントリィも,展開を停滞させることなく,不自然な感じを与えません。

 このような,「現実」と「超自然」とが輻輳しながら,独特の雰囲気を盛り上げるところは,『六番目の小夜子』『球形の荒野』でも見慣れたものではありますが,前2作の結末がファンタジィ色の強い,ファジィな余韻のある(悪く言えば「拡散的な」)ものであるのに対し,この作品では,両者を融合させたミステリ色の強いエンディングを迎える点,やや趣が異なるといえるでしょう。作品の与える印象はぜんぜん違うとはいえ,どこか西澤保彦の「SF本格ミステリ」を連想させます。とくにクライマックスで,探偵役である浦田泰山が開陳する推理には,丁寧な伏線が引かれていて,読んでいて小気味よいです。最後の最後の「もうひとつの真相」も「ぞくり」とする凄みがありますね。
 多少偏見が入っていますが,ファンタジィ作品は,ひとつの核となる中心から,多方向に外側にイメージを放射するのに対し,ミステリ作品は,その逆で,最初には描かれていない中心に向けてストーリィが収束していくものだと思っています。これまでの2作はむしろ前者に近く,この作者に対して「ファンタジィ作家」という印象が強かったのですが,この作品で見せた後者的着地は,この作者が「ミステリ作家」的資質を色濃く持っていることを示しているように思います。

 いまさらですが,ますます目を離せない作家さんになりました。

98/05/01読了

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