山田正紀『宝石泥棒』ハルキ文庫 1998年

「人が死んだときのお祈りの言葉ってどんなのだったかなあ。ほんとうに忘れてしまったなあ」(本書より:ジローのセリフ)

 甲虫を守護神とする戦士・ジロー。彼は禁忌の相手・ランへの思いを遂げるため,“稲魂(クワン)”の声に従い,“月”と呼ばれる宝石を求めて,女呪術師ザルアー,“狂人”チャクラとともに旅立つ。怪異に満ちた旅路の果てに彼らが見いだした“世界”の意味とは・・・

 山田SFの代表作と呼び声の高い作品です。「解説」によれば星雲賞を受賞し,また1997年に『ハヤカワSFマガジン』誌上で募集された「オールタイム・ベストSF投票」の「国内長編部門」で第4位を獲得したそうです(ちなみに1位が小松左京『果てしなき流れの果てに』,2位が光瀬龍『百億の昼と千億の夜』,3位が半村良『妖星伝』だそうです。日本のSFファンの嗜好がよく出ていますね)。

 たしかに本書には,山田作品でたびたび目にすることのあるいくつかのモチーフが散りばめられており,発表時点における,この作者の作品の集大成的な性格を持っているのかもしれません。
 たとえば「神話伝説」に対する愛着。本書前半は,「異世界ファンタジィ」とも呼べるような,異形の神話的世界が描かれています。そこでは日本神話,中国神話,インド神話,あるいは東南アジアの伝説やギリシャ・ローマ神話などが,渾然となっています。この神話的世界という設定そのものが,本書のSFとしての骨格に重要な意味を持つのですが,わたしとしては,人類が「神話」を失ったという設定の作品『地球・精神分析記録』などと同様,作者の神話へのこだわりが感じられます。
 主人公のジローは,その神話的世界を旅していきます。その旅の過程で次第にその異形の世界の背後にある“意味”が,その姿を顕わにしていくのですが,それとともにジローもまた,さまざまな困難を克服しながら,戦士として成長していきます。いわば物語はジローの「イニシエーション」としての性格も併せ持っているように思われます。この点,SFではありませんが,この作者の冒険小説『火神(アグニ)を盗め』に共通する雰囲気があるように思います。ただしこの作品では,このジローの「成長」もまた,物語の骨格と深く結びついています。
 後半部,ジローの成長とともに,「神話的世界」が構築されていることの意味がすべて明らかにされます。そして,この作者の初期代表作『神狩り』『弥勒戦争』などでも取り上げられている「絶対者への挑戦」というテーマへとリンクしていきます。この作品では,それはこの「世界」を創り出した存在への戦いとして描かれています
 なぜ「神話的世界」が構築されたのか? ジローに課せられたものとはなんなのか? そこらへんの描写は少々「説明的」な感が強く,もの足りない部分もありましたが,上に書いたような,この作者おなじみのモチーフが強固に,また巧みに絡み合って,クライマックスを盛り上げています。
 しかしこの作品が,『神狩り』『弥勒戦争』などと異なる手触りを与えているのは,そこにジローの「成長」が関係しているせいかもしれません。少々ネタばれになってしまいますが,「絶対者への挑戦」という役割は,ジローではなく,他の登場人物に担わされています。むしろジローは「神話的世界」を生き抜いたエリートとしての道を歩みます。もちろんそれは単純に「世界」を受け入れた能天気なエリートではなく,「世界」に(それを構築した絶対者に)強い違和感を感じ,「挑戦者たち」に共感を感じながらも,そう生きざるを得ない,その道以外,選択し得ない「甲虫の戦士」としてのジローの姿が浮かび上がってきます。
 それゆえジローの「成長」の到達点には,「絶対者への挑戦」がもっているペシミシズムとは多少異なりながらも,やはりペシミスティックな雰囲気が色濃く満ちています。そのあたりもこの作者らしいといえばこの作者らしいエンディングなのかもしれません。

98/10/26読了

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