山前譲編『秘密の手紙箱 女性ミステリー作家傑作選3』光文社文庫 1999年

 『殺意の宝石箱』『恐怖の化粧箱』に続く「女性ミステリー作家傑作選」の最終集です。「箱」という言葉で各集を統一しようとしたのでしょうが,「手紙箱」というのは,いまではちょっと目にしないのではないかと思います(笑)。
 ところで,各巻巻末におさめられた,編者による「日本の女性推理作家―全盛時代の到来」を読むと,あらためて女性作家が現在のミステリ界で活躍しているかに気づかされます。
 気に入った作品についてコメントします。

藤木靖子「うすい壁」
 夫の女関係を苦に,母子心中を遂げた姉。圭子はその原因に疑問を持ち…
 「なぜ姉は夫の浮気を知ったのか?」という謎をめぐって,テンポ良くストーリィが展開していきます。おそらく,人の死のきっかけというのは,必ずしも単一のものに還元し得ない,いわば「間の悪さ」みたいなものがあるのでしょう。「うすい壁」とは,「生」と「死」の間にあるものなのかもしれません。
皆川博子「鏡の国への招待」
 バレリーナの梓野明子が,睡眠薬を飲み過ぎて死んだ。事故として処理された彼女の死に疑問を持った“私”は…
 この作家さんのねっとりとした文体は,女性の揺れ動く心理を描くのにじつにマッチしているのだな,とつくづく思いました。“私”がたどり着いた真相は,“私”が想像していた以上に救いがなく,またそれに“救い”を求める“私”の心理には,どこかしら狂気と紙一重のものを感じさせます。しかし,そこに至るまでのプロセスに不自然さを感じさせないのは,彼女の孤独が,前半でじっくりと描かれているからでしょう。
山崎洋子「わたしが会った殺人者」
 夕食を取りに入った居酒屋で,“わたし”は,夜の巷を恐怖に陥れている“OL連続殺人事件”の犯人と遭遇し…
 読んでいて,ふたつの結末が想像できます。どちらに転んでも,けして新鮮な感じはしませんし,予想通り,そのうち片方の結末に着地します。しかし着地の直前に見せるツイストは秀逸です。
山村美沙「憎しみの回路」
 婚約者が殺された。残されたダイイング・メッセージを手がかりに朝子は,単独犯人探しをはじめる…
 以前,テレビ番組の『知ってるつもり』だったでしょうか(『驚きもものき20世紀』だったかな?),この作家さんの特集があり,彼女が「新しもの好き」だと紹介されていました。この作品の重要な小道具プッシュ・フォンは,発表当時,まだ珍しいものだったのでしょう,その「短縮ダイヤル機能」を巧みに用いた作品です。ラストがバタバタした感がありますが,主人公が少ない手がかりから推理を進めていくところが楽しめます。
若竹七海「暗闇の猫はみんな黒猫」
 3ヶ月前に起きた傷害事件。“ぼく”たちはその真相を探るヴィデオを製作するが…
 彼女の描く作品でしばしば描かれる「悪意」は,こちらが思わず「そういえば自分も・・・」と思ってしまうような,日常的でありふれたものがあります。この作品も,傷害事件というオーソドックスな題材を取り上げながら,むしろ事件の真相よりも,その事件をめぐる「悪意」の構図を,巧みな構成で浮かび上がらせています。後味の悪い結末ではありますが,凛とした上杉先生の姿が,わずかな救いになっています。

99/12/15読了

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