井上雅彦監修『変身 異形コレクションIII』廣済堂文庫 1998年

 さて,毎回書き下ろしの(しかも良質な)ホラー短編を読ませてくれるアンソロジィ『異形コレクション』第3弾のテーマは「変身」です。てっきり「モンスタ系」の話が多いのかと勝手に思っていたのですが,あにはからんや,“変身”をキーワードとして,これほど多種多彩な物語が紡ぎ出されるとは! 『ラヴ・フリーク』『侵略!』もおもしろかったですが,この作品集には,正直まいってしまいました。
 「変身」の物語がこれほど魅力的なのは,きっと,「自分以外のものになりたい“願望”」と,「自分以外のものになってしまう“恐怖”」という,ふたつのアンビヴァレンツなイメージが,“変身”というひとつの言葉の中で綯い交ぜになっているからかもしれません。
 とくに気に入った作品についてコメントします。

倉阪鬼一郎「福助旅館」
 ひなびた旅館から案内状をもらった“私”は,骨休みに出かけるが…
 子どもの頃,はじめて福助人形を見たときの恐怖は忘れられません。極端に肥大した頭部と,アンバランスに小さな体躯。文字通り,張り付いたような笑顔,しかしその笑顔はどこか底意地の悪い邪なものを秘めているようにしか思えませんでした。ストーリィとしてはオーソドックスですが,福助人形そのものの不気味さが伝わってくる作品です。
久美沙織「森の王」
 両親は死んだと思っていた“僕”は,父が森の中に住んでいることを知らされ…
 変身ものとしては,きわめて古典的なネタをあつかいながら,情緒あふれる美しい新鮮な作品に仕上げています。描かれる年代にもノスタルジィが感じられます。
草上仁「いつの日か,空へ」
 ある惑星に植民した人々は,鳥の形をした葉を見つける。その背後には…
 生き延びるために,やむをえず選択された“変身”。全編,やりきれないもの哀しさの漂う物語ですが,希望を予感させるラストがいいです。
矢崎存美「生きている鏡」
 失意のどん底にいる章子は,ある美しい女から「あなた,わたしの顔をしている」といわれ…
 結局,自分が自分でいるためには,他人との関係性が前提となるのでしょう。自分はAと思っていても,周りからBと言われれば,いつのまにかBに“変身”してしまうのかもしれません。
加門七海「かみやしろのもり」
 文明開化を迎えても,彼の村はまだ迷信と因習の中に眠っていた…
  近代の“光”をもって,“闇”の中の妹を救おうとする兄。しかし,近代の“闇を拒絶する力”が,妹をさらなる闇の中に追い落としてしまう,という皮肉な物語,とわたしは読みました。兄と妹の間の近親相愛的な淫靡な雰囲気に満ちています。
早見裕司「整髪」
 ある小説家から紹介されて入った床屋で“私”は…
 髪型を変えるというのは,もっとも手っ取り早い“変身”の方法でしょう。そんな日常的な“変身”を巧く使って,不気味な物語に仕立てています。
斉藤肇「異なる形」
 愛する娘が変身していく。父親はそれをなんとかくい止めようとするのだが…
 ここで物語られている内容は,本当に“変身”の物語なのでしょうか? それとも,娘が連れてきた恋人を前にして,娘を愛し,手放したくない父親が作り出した妄想なのでしょうか? “変身”したのは娘なのか,父親の心なのか,そこらへんの不鮮明さがじわじわとした恐怖を生み出しています。
安土萌「転身」
 Jを首領とする“ぼくら”は,木の上に秘密基地をつくった…
 “変身”はけっして遠いものではなく,ごく身近なものなのだ,ということを気づかせてくれる作品です。誰もが経験する“変身”,それは・・・。
大原まり子「溶けてゆく・・・」
 ストーリィをうまく紹介できませんが,この作品もまた“変身”というキーワードを巧みに使って,社会の変容の中で変わっていく“わたしたち”の姿を映しだしているように思います。その先にあるのが希望なのか,絶望なのかはともかく・・・。

 最後に揚げ足取りをふたつほど(笑)。
 目次で,「MUSE[ミューズ]」の作者名・奥田哲也だけがポイントが違っていますね。それと「生まれしもの」(飯野文彦)のヘッダが「産まれしもの」になっています。

98/02/24読了

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