阿刀田高『花あらし』新潮文庫 2003年

 「でも,長いこと人生をやってると,この人,死んでくれないかしら,って思うこと,あるわよね」(本書「大心力」より)

 12編を収録した短編集です。気に入った作品についてコメントします。
 ところで文庫カヴァの,不思議な色使いの絵柄に心惹かれ,作画者の名前才村昌子で検索してみたら,けっこう本の装丁を手がけておられる有名な方のようですね。彼女のサイトはこちら>「才村昌子 images_and_philosophy」

「迷路」
 アンソロジィ『七つの怖い扉』所収。感想文はそちらに。
「白い蟹」
 ロシア皇帝一家終焉の地エカテリンブルグで,彩子が見たものとは…
 冒頭で示される「白指蟹」が,最後まで,主人公の見たものが,「現」なのか「夢」なのかを断定させず,余韻を持たせるところが巧いですね。そしてそれ以上に,この作者の巧みさを感じさせたのが,やはりオープニングで野犬をひき殺すシーン…それがラストで明かされる「あること」と見事に響きあっている点です。
「暗い金魚鉢」
 「金魚を飼ってはいけない」…父親の言葉には何が隠されていたのか?
 もらった金魚をきっかけとして蘇る記憶の断片,それらが結びつきあいながら,不気味な「過去」を浮かび上がらせていく…わたしの好きな「記憶もの」です。そしてラストが,「するり」と「現在」に忍び込んでくるところは,常套的とはいえ,上手な幕の引き方ですね。「−殺したい人がいるかな−いないでもない」の一文は秀逸です。
「第二の性」
 大商人クパンカの愛妾エリザベトは,奇妙な考えを持っており…
 紀元1000年のヴェネチアにフェミニズム思想が入ったら…というストーリィ展開の末に,思わぬ,そしてアイロニカルな結末を用意しています。舞台をこの時代に設定したところが,この作者の発想の妙なのでしょう。『新諸国奇談』に通じるテイストがあります。
「すきま風」
 順風満帆の生活を送る主婦にとって,唯一の悩みの種はいたずら電話だった…
 ありがちなモチーフなのですが,「ありがち」ということは,逆に「身近」でもあるわけで,好意の中に隠れ,潜んでいる悪意というのは,けっこう日常的にあるのかもしれません。そんな「身近な怖さ」を感じさせる作品です。
「杳として」
 古い友人の真さんが手に入れた碁盤とは…
 作中でも触れられているように,ここに出てくる「山中で碁を打つ仙人」というのは,中国に志怪小説に元ネタがありますが,「その後」を,この作者お得意の奇想でもって展開させているところがおもしろいですね。碁の持つ「理詰め」的な性格と,よくマッチした奇想だと思います。
「花あらし」
 「もう一度戻ってくるよ」…そういって夫は逝った…
 皮肉っぽい話や怪談などに混じって,一服の清涼水のような作品です。主人公に,「夫に似ている仏像」のことを告げた富里という男の存在が,妙に気にかかります。じつは,もしかすると彼は?などと…

03/06/01読了

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