阿刀田高『新諸国奇談』講談社文庫 1999年

 わたしは,「奇談」とは,「超自然的な不思議な話」や,偶然や暗合,因縁など「超自然的でないけれど不思議な話」だと思います。前者のうち,「恐怖」を引き起こさせる「不思議な話」が「怪談」で,「怪談」は「奇談」に包摂されるわけです。本書を読みながら,こんなことを考えていると,わたしは,「怪談」も好きですが,それ以上に「奇談」が好きなのだということに,いまさらながら思い至ります。
 本書には,古代から現代までのアジア,ヨーロッパ,アメリカ,アフリカ,南太平洋,シベリアなどなど多岐に渡る地域を舞台にした奇談12編が収録されています。まさにタイトル通り「諸国」の「奇談」を描いた連作短編集です。
 気に入ったエピソードについてコメントします。

「錬金の夢」
 ハンスは長年仕えた錬金術師から,ついに黄金を作り出す秘法をさずかり…
 黄金を生み出すのに「処女の涙」が必要であるという設定が,アイロニカルなラストを導き出すための,じつに効果的な伏線になっていて,思わず苦笑が漏れてしまいます。
「ルナール師」
 南米で布教の任に就くルナール師は,キト・ペドロという魅力的な人物に出逢い…
 「首狩り」という風習は,野蛮で残酷な奇習といったイメージが強いですが,そこには死者に対する愛情や畏れという人類に共通する深い感情が潜んでいるように思います。ですから,この「首狩り」をモチーフとした物語も,おぞましさよりも,奇妙でいながら,どこか静謐で敬虔な雰囲気に満ちています。
「黄土色変化」
 旱魃に襲われたタイの田舎町,男は信心深い老婆の話を聞き…
 老婆が語る宗教的な伝説(迷信)に醒めた眼を持つ主人公を設定することで,ラストで男が幻視する奇跡の鮮烈さが際だちます。また降りしきる雨は,乾いた大地だけでなく,乾いた男の心をも潤したのかもしれません。
「シベリアの闇」
 人を殺した若者はひたすら逃げる。シベリアの闇の中を…
 主人公はいったい誰を殺したのか? 本当に死者は蘇ったのか? そして若者がたどり着いたところとは? いっさいが曖昧で模糊としています。ただただ若者を包み込む「闇」だけが,本当に存在しているのかもしれません。
「黒い血」
 セネガルを訪れた若いフランス人3人は,恐ろしい夢を見て…
 話の展開そのものはシンプルな怪談と言っていいかもしれません。しかしこの物語の本当の「怖さ」は,登場人物たちの「無自覚さ」と「無知」にあるのかもしれません。そしてそれは日本人―かつて朝鮮や中国での行為を目隠しして知らぬふりをしつづける現代の日本人に通じるものがあるのでしょう。
「箱を持つ男」
 中国を舞台にして,「箱」にまつわる3編のショート・ストーリィをおさめています。最初に紹介されている,日本の羽衣伝説を彷彿させる挿話がいいですね。羽衣を取り返した天女が天上に帰るのではなく,箱の中に吸い込まれていくと発想が秀逸です。これは作者のオリジナルなのでしょうか?
「風洞の女」
 崖から落ちた男は,山中で猟師をする女に助けられ…
 逃げだそうとする男と逃がすまいとする女との駆け引きの描写が緊迫感にあふれています。またラストがおぞましくも,どこか美しさとせつなさを感じさせます。「山奥のサロメ」といったところでしょうか。

98/06/09読了

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