太田忠司『玄武塔事件』トクマノベルズ 1994年

 夏休み,親友・多賀谷紫織の伯父の家,玄武屋敷を訪れたアキこと,芙蓉明子。だが伯父と紫織との間には深い確執があった。さらに10年前,殺人を起こし失踪した,もうひとりの伯父からの不吉な手紙。そして密室状況で殺人事件が発生,それとともに行方不明になった紫織に容疑がかかる・・・。

 狩野俊介シリーズの長編第4作です(シリーズとしては第5作目。『夜叉沼事件』と本書の間に,『狩野俊介の冒険』(短編集?)が入るようですが,未読です(T_T))。
 シリーズものというのは,おおざっぱにいって,続けて読んでいる途中で「ああ,またか。もういいよ」という感じで飽きてしまうシリーズと,「これはこういう世界なんだ」というふうに馴染んできて,楽しめるシリーズというのがあるようです。わたしにとってこのシリーズは,今のところ後者に属しているようです。

 さて今回は,作者によれば「夏休みスペシャル」(笑)だそうです。旅先で事件に巻き込まれたアキの依頼で,野上と俊介は,台風のため孤立した海浜の村へと向かいます。玄武岩で建てられた西洋屋敷,謎の脅迫状,密室状況での殺人と人間消失と,冒頭から,思いっきり派手に飛ばします。でもってトリックは,このシリーズ最初の2作『月光亭事件』『幻竜苑事件』を彷彿させる,驚天動地の大トリック(笑)。江戸川乱歩か横溝正史のジュヴナイル版を読むような雰囲気が横溢してます(とくにアキたちが玄武屋敷に向かう途中に出てくる老婆なんて,ほとんど『八つ墓村』のノリですね(^^;)。
 『夜叉沼』で「すこし薄れたかな?」と思っていたジュヴナイル的な雰囲気が,本書ではふたたび復活という感じです。しかしその一方で,本書では「人間の多面性」のようなものが取りあげられており,『夜叉沼』以降に明確になってきた,人間の憎悪や欲望などの暗闇と俊介との対決,というシリーズの眼目のひとつも十分に意識されているようです。そういった意味で,ジュヴナイル的なものへの単なる回帰ではない,シリーズの新たなステップのようにも思えます。

 ところでこのシリーズ,新書版は初めて読みましたが,文庫版にはない挿し絵が入っているのですね。う〜む,「アキ」のイメージがちょっと違った・・・・。

98/01/13読了

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