太田忠司『夜叉沼事件』徳間文庫 1997年

 20年前に起きた誘拐事件の際に殺害された松永宏少年。彼の妹・麗子は狩野俊介の担任の先生。彼女は誘拐事件の真相を明らかにしてくれと野上英太郎に依頼する。誘拐事件から1年後,白骨死体となった宏が発見された場所は,夜叉沼と呼ばれる奇怪な伝説を秘めた沼だった。そして死体発見直前に宏の幽霊が目撃されており・・・。調査を進める野上と俊介の前には新たな事件が!

 狩野俊介シリーズの3作目です。前2作『月光亭事件』『幻竜苑事件』が,密室殺人や人間消失といった「派手目」な事件であり,そのトリックも「少年探偵団」的なノリの大仰なものでしたが,本作品は,一転,雰囲気がずいぶん違います。もちろんトリックもありますが,前2作に比べると,設定,トリックともにいくぶん「地味目」であり,むしろ物語の主眼は,人間関係の解明に置かれているようです。事件そのものの発端となり,構成している人間関係。執念,欲望,愛憎により錯綜し,混迷する人間関係。とくに親子関係が重く扱われており,前半に出てくる遠島寺美樹の言う「子どもの事情」というセリフは,本作品のメインモチーフと共鳴しているように思います(最初に読んだときは,俊介&美樹のほのぼのロマンスのエピソードくらいにしか考えなかったのですが)。そしてその歪んだ親子関係,人間関係が明らかにされるとき,事件は終焉を迎えます。ただこの作品では,そういった,「哀しい真相」という章題にあるような,親子関係・人間関係の“悲惨さ”に対したときの狩野俊介の心理描写が少なく(最後に“怒り”を表しますが),そこらへんちょっと物足りなかったです。関係者の肉体的ハンディキャップについて質問することに逡巡するような部分を描くより(まあ,その描写は,それはそれで意味はありますが),むしろ事件の真相に対する俊介の考えや気持ちを,もっと描いてほしかったように思います。

 そんなこんなで,このシリーズが(良くも悪くも)持っていたジュヴナイル的な雰囲気が,今回は少々薄まったように思います。今後どう展開するかが楽しみです。もっとも“夜叉沼”をめぐる奇怪な伝説や,誘拐・殺害された少年の幽霊が,自分の遺体のあり場所を伝えたという話は,いかにもジュヴナイルの作品に出てきそうな小道具ではありますが・・・。ただこのシリーズの場合,そんなエピソードが“おどろおどろしい”というよりも,ほほえましい感じがしてしまうのが不思議です(笑)。

97/11/08読了

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