J・ダン&G・ドゾワ編『幻想の犬たち』扶桑社ミステリー 1999年

 同じ編者による『魔法の猫』は,猫をめぐるミステリ,ファンタジィ,ホラー,SF作品を集めたアンソロジィでしたが,こちらは,その「犬ヴァージョン」です。16編を収録しています。ちなみに本書は,『マッド・サイエンティスト』の編者スチュアート・デイヴィッド・シフに献呈されています。
 気に入った作品についてコメントします。

デーモン・ナイト「死刑宣告」
 世界に残ったのは,九千数百歳の男と,59頭の改造された犬だけだった…
 犬の持つ一属性である「忠実さ」「従順さ」と,飼い主の「気まぐれ」とのコントラストを,グロテスクに拡大したSFです。「人類の滅亡」の光景を異形に描き出しています。
ジェロルド・J・マンディス「ニューヨーク,犬残酷物語」
 ニューヨーク市で可決された「犬禁止条例」。それが「血の火曜日」のはじまりだった…
 ペットをめぐるトラブルは,人口が稠密な都市部では頻発するようです。ある者にとっては心の憩いであっても,他の者にとっては不愉快きわまりないもの―それがペットの持つ宿命なのかもしれません。ルポルタージュという体裁を取った淡々たる文章で,シニカルに,そんな犬の「宿命」を描いています。
フリッツ・ライバー「泣き叫ぶ塔」
 荒野を旅するマウザーとファファードは,奇怪な泣き声を発する塔に遭遇し…
 じつを言うと「剣と魔法」と呼ばれる異世界ファンタジィはあまり得意ではありません。しかしこの作品の,西洋版「蠱毒」といった素材と,謎の老人とマウザーとの駆け引きの会話は楽しめました。
M・サージェント・マッケイ「悪魔の恋人」
 ある夜,“家畜使い”たちは,耳慣れぬ鳴き声を聴いた。しかしただひとり雌の“柳”だけがその声に惹かれ…
 設定そのものは,SFではありますが,どこか寓話を思わせるようなテイストの作品です。「家畜使い」と「狼」との関係が,人間同士の関係を浮かび上がらせています。あるいはまた,犬&狼版「ロミオとジュリエット」とでも言いましょうか・・・
ジョン・クリストファー「同類たち」
 ホモセクシュアルな飼い犬を見て“わたし”は,過去を思い出す…
 不思議な手触りの作品です。主人公が“見た”のは,本当にリインカーネーションなのか? それとも想像力豊かな主人公が幻視した妄想なのか? どちらともとれる内容を叙情的に描いています。
クリフォード・D・シマック「逃亡者」
 木星探査は失敗の連続だった。隊長のファウラーは,ひとつの決断を下す…
 この作者の代表作『都市』のワン・エピソードです。読んだはずなのにすっかり忘れてました(笑)。抑制の効いたタイトな文体が,わたしにとってはしっくりきて,読みやすいです。人間と犬とを同列にあつかったラストは,ほろ苦いペシミズムにあふれています。
アルジス・バドリス「猛犬の支配者」
 夏を過ごす貸別荘を訪れた画家夫婦は,有名な,しかし奇妙な老人と知り合う…
 有名な映画の元になった歴史的事実の,皮肉な後日談といった設定の作品。「秩序」はたしかにある程度必要なものなのかもしれませんが,「秩序」を熱望し,信奉する者の心の奥底には,強烈な「支配欲」が隠されているのでしょう。ラストにもう少し伏線がほしいところです。
ブルース・ボストン「一芸の犬」
 散歩の途中,道をふさぐ無礼者に,ウェイン氏は,犬の“芸”を見せる…
 ショートショートです。苦笑させられるラストに至る伏線が,さりげなく引かれているところがいいですね。
パット・マーフィー「守護犬」
 前夫との間にできた子どもトミーを,新しい夫との新婚旅行に連れていくことになったアリスは…
 オーソドックスでストレートなホラーです。この作品の元ネタになっている習俗も興味深いですね。ツイストの効いたラストも,伏線がしっかりはってあって,楽しめました。
ハーラン・エリス「少年と犬」
 第三次世界大戦で崩壊した街に住む“おれ”は,ひとりの女と出逢う…
 アナーキィなストーリィ展開は,『俺たちに明日はない』を連想させますが,その果てに待っていたラストはじつにショッキングです。前半の描写が生きていますね。編者の解説によれば,作者自身も,かなりアナーキィな性格のようです(笑)。

99/12/26読了

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