S・D・シフ編『マッド・サイエンティスト』創元SF文庫 1982年

 「だれでも,自分だけの狂気を持つ権利がある」(本書「スティルクロフト街の家」より)

 タイトル通り「マッド・サイエンティスト」をテーマにした,ホラー&SFアンソロジィです。しかし編者が「序」で書いているように,「1920-1930年代のパルプ雑誌」を彩った「典型的なマッド・サイエンティスト」ではなく,彼らの「変化に富んだ横顔」を描いた作品を集めています。ですから,クラシカルなタイトルとは裏腹に,じつに多彩な「マッド・サイエンティストもの」を収録した佳品となっています。
 気に入った作品についてコメントします。

ラムジー・キャンベル「自分を探して」
 “きみ”は地下室で目を覚ます。階上からは妻と若い男の声が聞こえる―“きみ”を殺したふたりの声が…
 ラストになって明かされる“真相”が,それまで読み進めてきた作品の“イメージ”を大きく反転させます。それとともにそのイメージのおぞましさに,「ぞくり」とする怖さがあります。やはり小説ならでは手法でしょう。
カール・エドワード・ラグナー「エリート」
 ジェフリー・メツガーが進めている研究は,医学に画期的な進歩をもたらすはずだったが…
 “マッド・サイエンティスト”というと俗世間から離れた孤高の人物を思い浮かべますが,科学そのものが巨大化していく現代において,“マッド”であることもまた,組織化されていくのかもしれません。そして,その“組織化されたマッド”こそ,いかなる“マッド・サイエンティスト”よりも,はるかに質の悪い“マッド”なのでしょう。
ジョゼフ・ペイン・ブレナン「スティルクロフト街の家」
 小さな村に隠棲する植物学者と知り合った“わたし”は…
 蔦に壁一面を覆われた洋館,というのは,やはりどこか不気味な想像を起こさせる雰囲気を持っているようです。ネタ的にはオーソドックスではありますが,クライマックスでの緊迫感,グロテスクさが光っています。
リチャード・クリスチャン・マシスン「あるインタビュー」
 「初めて仕事の申し出を受けたのはいつですか?」―そういう風にインタビューははじまった…
 おぞましい内容を淡々と語ること―それは「おぞましさ」を盛り上げる手法のひとつですが,本編ではその手法を巧みに使いつつ,また,そこに「身近さ」を加味することで,より効果的に「おぞましさ」を倍加させています。
H・P・ラヴクラフト「冷気」
 階上に住むムニョス博士の部屋は,いつも冷気に包まれており…
 再読(再々読?,再々々読?)の作品ながら,久しぶりに読み返すと,この作者のねっとりとした語り口,結果を隠し思わせぶりに話を進めていく展開は,古典的な魅力を秘めているように思います。「そーゆーのがきらい!」と言う方もおられるかもしれませんが・・・
リー・ワインシュタイン「箱」
 男はその週もほこりっぽい医学博物館を訪れたが…
 人間が誰でも体の中に抱え込んでいる内臓―にも関わらず,なぜわたしたちは,それを眼前に見せられると,思わず後ずさりしてしまうのでしょう? そんな“わが内なるおぞましさ”を描きながらも,ストンと哀しみに満ちたラストへ導くところはうまいです。
フランク・ベルナップ・ロング「ティンダロスの猟犬」
 時間をさかのぼる薬を開発したチャーマズが見たものとは…
 編者の解説によれば,ラヴクラフト以外の作家によって書かれた「はじめてのクトゥルー神話作品」だそうです。本題にはいる前に長々と科学談義を繰り広げるところは,時代を感じさせます。
デニス・エチスン「最後の一線」
 妻は死んだ。だが,彼女の身体はいまだ病院にあり…
 医学は,人間の「魂」の問題を意図的に排除することによって,逆に人類に多大な寄与をしました。しかしそのことによって,人は代替可能な「もの」にもなりました。この作品で描かれる光景は,けしてSFではないのでしょう。
レイ・ブラッドベリ「サルサパリラのにおい」
 ウィリアム・フィンチ氏は,自宅の屋根裏部屋でタイム・トラベルを企て…
 この作者の描く「科学」は,どこか「魔法」に近い手触りをもっています。マッド・サイエンティストのイメージの原型がしばしば“錬金術師”に求められるように,「フィクショナルな科学」もその行き着く先は「魔法」の領域なのかもしれません。「屋根裏部屋」のイメージ―時間が止まり,過去が堆積する空間―が,作品に叙情性を与えています。

99/12/08読了

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