矢崎存美『刑事ぶたぶた』徳間デュアル文庫 2001年

 「ぶたぶたが出てきたからって,あたしは幸せっていうか,何かすごいものになれるわけじゃないんだね。こんなすごいぬいぐるみでも,ママが何も言ってくれなかったことと同じに,普通に起こっただけなんだね…」(本書より)

 新任の刑事として,勇んで登庁した立川を待っていた上司,それは薄いピンク色をしたブタのぬいぐるみだった。人間のように,話し,歩き,そして食べるぬいぐるみ・・・名前だってちゃんとある。そう,山崎ぶたぶた!!

 というわけで『ぶたぶた』の第2弾というか,第3弾というか,は,「刑事編」です(作者の「文庫版あとがき」によれば,シリーズとしては第2作だけど,文庫版では『ぶたぶたの休日』に続く第3作とのこと。そういや『休日』,まだ入手できてないんです(T_T))。昔,水谷豊主演の『熱中時代』という教師ドラマがあって,その後に『熱中時代 刑事編』というのが続いたことを思い出しました(<ふ・・・古すぎ!^^;;)。

 最近はどうなのか知りませんが,かつての刑事ドラマには,ときおり「落としの○○さん」というキャラクタが出てきました。人生の酸いも甘いも知り尽くした彼の説諭に応じて,どんなに強情な犯人も,つい「ほろり」として自白してしまう・・・そういった,いわば「伝説の名刑事」といったところです。人は,自分を理解してくれる相手に対しては,しばしば無防備になってしまうものです。
 もうひとつ,人が,つい無防備になってしまうものに「かわいい」ものがあります(人形ネタのホラー作品の「怖さ」とは,「かわいい人形」を前にして無防備になった人間に襲いかかる惨劇がもたらすショッキングさにあるのかもしれません)。作中で,主人公の山崎ぶたぶたは,刑事課捜査三係,つまり盗犯係に属していながら,なにかと「説得係」に駆り出されるという設定になっていますが,上に書いたような点で「落としの○○さん」に通じるものがあるからなのでしょう。

 さて本作品は,嬰児誘拐事件を中心軸としながら,そこに他のさまざまな事件が絡みあって,ストーリィが進行していきます。生まれたばかりの自分の妹こそが誘拐された赤ちゃんなのだと主張する少女,盗品のネックレスを首につけたゴールデンレトリバー,デパートのぬいぐるみに針が仕込まれる事件などなど,です。このようなストーリィ展開は,警察ミステリの基本フォーマットを踏襲するものであり,もちろんテイストはぜんぜん違いますが,「フロスト・シリーズ」に近い構成とも言えましょう。
 それぞれのエピソードには「謎」があり,ミステリとしての「解決」があるわけですが,本編の眼目はそのあたりにあるわけではないようです。むしろ,ぶたぶたの「かわいさ」を契機・媒介として立ち現れる人間関係,親子関係の描写に主眼が置かれているように思えます。とくに,自分の妹を「誘拐された赤ちゃんだ!」と主張する少女村松桃子を,メイン・キャラクタのひとりに持ってきたところはいいですね。オープニングをミステリアスにし,さらにメイン・ストーリィに巧みに絡めるとともに,彼女の母親と妹に対する屈託を上手に浮き彫りにしています。
 たしかに,彼女の心持ちは,新しい赤ちゃんが産まれた際の子どもの一般的心理と共通するものであり,けっして目新しいものではありませんが,それだけでなく,冒頭に引用したような,子どもなりの哀しいまでの現実認識をも描き込んでいるところが,そういった一般的なものとは一線を画する特色を醸し出していると言えましょう。

01/10/28読了

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