M・コナリー&O・ペンズラー編『ベスト・アメリカン・ミステリ ジュークボックス・キング』ハヤカワ・ポケット・ミステリ 2005年

 原題は,“The Best American Mystery Stories 2003”,つまり「2003年アメリカ・ミステリ傑作集」といったところでしょう。20編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

ダグ・アリン「ジュークボックス・キング」
 ギャングの殺人事件に巻き込まれた黒人店主は…
 ポイントは,舞台となっている「1960年」にあるのでしょう。公民権運動が盛り上がりを見せ,黒人がアメリカで正当な権利を獲得しつつある時代ではありますが,いまだ社会的な差別が厳然と存在する1960年代。殺人事件を通して,その中でしぶとくしたたかに生きようとする主人公を鮮やかに浮かび上がらせています。
クリストファー・クック「掏摸(すり)日記」
 掏摸の“私”が経験した印象的な出来事3つを紹介しよう…
 スリ小説の佳品『白昼堂々』の感想文でも書きましたが,スリを主人公としたクライム・ノヴェルには,独特の手触りがあります。それを軽妙な語り口で,人生の哀歓を折り込みながら,上手に産みだしています。
ジョン・ペイトン・クック「君去りしのち」
 自殺しそこねた男は,雑誌に載っていた“ヘルプ・ライン”に電話するが…
 “ヘルプ・ライン”の男レイは,自殺を止めようと「逆心理策」を取っているのか,それとも本当に主人公に自殺をそそのかしているのか…その曖昧さが緊張感を高め,ストーリィをぐいぐいと引っ張っていきます。正体はややお粗末ながら,ラストで浮かび上がる主人公の狂気が不気味です。
オニール・デ・ノー「嘘をつけば,死」
 借金の取り立てに行った男は,そこで…
 プロットはいたってシンプルですが,そのシンプルさとその繰り返しこそが,こういった組織犯罪のリアルな「怖さ」を作り出しているのかもしれません。またその組織犯罪のボスが,凝ったプロットのミステリ映画を気に入っているというのは,アイロニカルなコントラストになっているのでしょう。
ピート・デクスター「宝石商」
 男が,その老人を自動車に乗せた理由は…
 ハードボイルド小説の魅力が,うんざりするほどの「現実」を直視しながらも,ある種の「気高さ」を描いている点にあるとしたら,心理描写を極力抑えた文体ともあわせて,本編もまたハードボイルド小説の佳品と言えましょう。
ブレンダン・デュボイズ「リチャードの末裔」
 ロンドンに招かれた大学教授が依頼された奇妙なこととは…
 「ケネディ兄弟暗殺事件」が,ミステリ作家の想像力を刺激する大事件であることはわかりますが,現在のアメリカ・ミステリ・シーンで,この手の作品が命脈を保っていること,そしてこういった性格のアンソロジィに収録されることに,意外な感じがします。それに,主人公の勤める大学の名称−ラヴクラフト大学−がまた人を食ってます(笑)
ロバート・マッキー「懺悔」
 瀕死の旧友から“わたし”が頼まれたこととは…
 (翻訳という制約はあるものの)伏線を踏まえての意外な真相,そこから浮かび上がる「生の哀しみ」,そしてカタルシス…すぐれたミステリ小説とは,よい「ミステリ」であることと,よい「小説」であることが,幸福に融合していることを指すのでしょう。本集中,一番楽しめました。ただ地の文では「わたし」なのに,セリフでは「おれ」というのは,ちょっと違和感がありますね(このことは,他の作品でも見られますね)。
ジョージ・P・ペレケーノス「哀願する死者の目」
 ギリシャ移民の“おれ”を,ひとりの人間として扱ってくれた友人が死んだ…
 ジェイムズ・エルロイ「暗黒のL.A.シリーズ」のように,アメリカの「歴史の暗面」を描く方法として,クライム・ノヴェルはひとつのスタイルとして確立しているのかもしれません。またマイノリティに視点を設定することは,(作者の人種的スタンスもあるのでしょうが)それをより効果的に表現する手法として効いていると思います。
ダニエル・スタシャワー「うろたえる女優の事件」
 舞台のリハーサル中,女優の大事なブローチが紛失し…
 ホームズ役の役者が,実際に起きた事件の探偵=ホームズ役を担うという,一種の「贋作ホームズ譚」と言えましょう。しかし,本編の眼目は,そういった体裁を取りながらも,「ホームズ譚にはしていない」というところにあるのでしょう。ラストの主人公のセリフがじつに楽しいです。
ハンナ・ティンティ「ホーム・スウィート・ホーム」
 平和な住宅街で,普通の夫婦が射殺された…
 ミステリでは,ときおり「平凡な殺人事件」という語が使われますが,しかし実際に殺人が「平凡」であったことは,ないのでしょう。しかし本編のように,微に入り細に入り描かれる日常の中に置かれると,殺人もまた,その日常のワン・ピースのように感じられてしまうところがあり,それはそれでちょっと怖いものがあります。

05/05/08読了

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