井上雅彦監修『十月のカーニヴァル 異形コレクション貴賓館I』カッパ・ノベルス 2000年

「さあ目を覚ませ 人形たち
さあ目を覚ませ ナイフに鏡
さあ目を覚ませ ひとりの部屋の
午前零時の 夢つづれ」
(谷山浩子作詞「サーカス」より)

 古典(「スタンダード」)と新作(「オリジナル」)との競作アンソロジィの第1集です(第2集『雪女のキス』の方を先に読んでしまいました^^;;)。統一テーマは「カーニヴァル」。本家の「異形コレクション」でも取り上げられているように,「雪女」と同様,ホラーでは馴染みのあるテーマですね。スタンダード11編,オリジナル10編を収録しています。気に入った作品についてコメントします(なお,冒頭に掲げた歌詞は,本作品集とは基本的には関係ありません。ただ読んでいる途中,頭の中を駆けめぐっていたもので・・・)。

都筑道夫「かくれんぼ」
 デートで遊園地に来た恋人たちは,かくれんぼをすることになり…
 最初に主人公の「思い出」が語られ,展開としてはそのトレースになるのか,と思わせておいて,その予想から少しずつ「ずれ」を見せながら,もうひとつの「異界」へと滑り込ませるところに,この作品のおもしろさがあるのでしょう。
山田正紀「オクトーバーソング」
 年甲斐もなく水疱瘡に罹った“私”は,20年ぶりに故郷に帰ることにし…
 「水疱瘡」がもたらす肉体的な痒みとそれがもたらす苛立ち−痒みそのものと痒くても掻けない苛立ち−,それに記憶の奥底に眠る思い出せない,思い出したくない過去とを共振・共鳴させながら不安な雰囲気を上手に盛り上げています。
篠田真由美「虚空より」
 「毎年必ず奇跡が起こるお祭り」を取材に行く恋人についていった“私”が見たものは…
 ヨーロッパ版諸星大二郎といった手触りの作品です。「空から舞い降りる天使」「赤い薔薇」という象徴的な言葉により,「もしや,もしや」と思わせておいてのショッキングなラストが効果的です。
山田風太郎「笑う道化師」
 蓮蔵爺さんが,茸料理を食べなくなった理由は…
 サーカスというのはそれ自体で「異界」でありますが,そこに笑い茸による病的な狂笑,空中ブランコの最中に計画された破天荒な殺人計画,その思わぬ結末と,グロテスクの上にグロテスクなシチュエーションを重ねることで,一幅の「地獄絵図」を描き出しています。
菊地秀行「祭にはつきものの…」
 秋祭りがあるという恋人の田舎に行った男が見たものは…
 出雲という神々の住まう場所を舞台にして,「夜這い」という田舎の風習を絡めながら,どこかコミカルにストーリィを進めながら,気がつくと有名な神話的世界へとつながっている,その展開が小気味よいですね。それにしても,日本神話を代表する「怪獣」の裔にしては,あまりに情けない・・・
内田百閨u蜥蜴」
 女を連れて見世物小屋に入った“私”は…
 祭やカーニヴァルで,その渦中に入ってしまえば,その「異様さ」は気にならなくなりますが,それに入らなかった者,入れなかった者にとって,それは見知った人間が見知らぬモノ−祭の狂気に伝染したモノ−へと変貌する恐怖を味わうことになるのかもしれません。
早見裕司「十一月一日」
 都市化の進む村で,ハロウィンの夜,子どもたちが行方不明に…
 「ハロウィンの夜」というホラー作品の定番的舞台設定を,上手にひねっています。思ってもいなかった,それでいて指摘されると「なるほど」と思わせる着眼点がいいですね。
菅浩江「秋祭り」
 巨大農業プラントで,絵衣子が探そうとしたものは…
 ネタばれになるので詳しくは書けないのですが,主人公のせつない想いは,たとえ設定がSFであっても,わたしたちがすでに実感し,「ありえる近未来」として十分にリアルに感じられるものではないでしょうか。本集中,一番楽しめました。
秋里光彦「かごめ魍魎」
 人には見えないものが見える風松は,村の子どもたちから嫌われていたが…
 主人公の少年の心の移り変わりを,方言を交えながら丁寧に描き出している点は,すぐれた成長物語であるといえますし,それとともに,その「成長」ゆえにもたらされる恐怖がじんわりと伝わってくるところは,秀逸なホラーでもあります。背後に柳田国男「一つ目小僧論」があるようです。
中井英夫「廃屋を訪ねて」
 その病院には時計がなかった。患者たちは“時間”を剥奪されていた…
 この作者の有名な連作短編集『とらんぷ譚』中の1編。「現実」とも「虚構」ともつかぬ3つのシーンが,相互に連関しながら,重層的に描き出されることで,酩酊感,眩暈感を巧みに醸し出しているところは,この作者の独壇場とも言えましょう。
小泉喜美子「血の季節−「第一部の続き」より」
 学校からの帰り道,金髪の少年に誘われ“ぼく”は“お城”に迷い込んだ…
 長編『血の季節』中の1節。原本は未読ながら,少年の成長の一過程−それは「外界=異界」とのファースト・コンタクトでもあります−を,幻想的な手法で鮮やかに切り取る手腕が楽しめます。華やいだ夜の奥底に潜む死の哀しみをも盛り込んでいるところもグッドです。

01/06/07読了

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