宮部みゆき『天狗風 霊験お初捕物控<二>』講談社文庫 2001年

 「人の心ってものには,いろんな色が混じっているからな。目出度いことのなかにも黒いものはあるし,弔いごとのなかに喜びが隠れてるってこともある」(本書より)

 朝焼けが血のごとく東の空を染めたとき,一陣の突風とともに,ひとりの娘が姿を消した。人には見えないものを見,聞こえないものを聞くことができる“霊験お初”は,南町奉行・根岸肥前守鎮衛の密命を受け,古沢右京之介とともに事件を追う。だが彼女たちの捜査を嘲笑うように,ふたたび失踪事件が! そしてお初の周囲には怪異が続発し・・・

 『震える岩』に続く「霊験お初シリーズ」の長編第2作です。前作では,ミステリ・タッチのストーリィが,途中からホラー・テイストへとシフトしていく展開に,少々戸惑ったところがありますが,今回は,最初から「理外」モートが全開します。父親の目の前から,一瞬にして姿を消した娘,捜査を始めたお初に襲いかかるポルターガイスト現象と警告,失踪した娘たちが見たという奇怪な夢,そしてお初の前に現れた言葉を話す猫・と,とにかくさまざまなスーパーナチュラルなシチュエーションが目白押しです。さらに失踪事件をネタにして強請を企んだ男の末路を描いたシーンは,SFX的な迫力に満ちています。ですから今回は,読む側も最初から「そういった内容」として読み進めることができました(それにしても,超能力少女と猫という組み合わせは,どうしても『超少女明日香』(和田慎二)を連想しちゃいますね(笑))。

 しかしそういったホラー的展開の中にも,しっかりとミステリ・テイストを含ませるところは,「ミステリ作家・宮部みゆき」の持ち味なのでしょう。たとえば最初に失踪したおあきの家の職人たちが同心倉田主水によって拉致されてしまいますが,なぜ事件との関連が薄いと考えられる彼らが連れて行かれたのか,をめぐる古沢右京之介の推理は,本格ミステリの名探偵による謎解きに近い雰囲気があります。
 また職人たちが監禁されていた長野屋をめぐる秘密や,捜査を進めるお初たちに迫る刺客などなど,そのあたりの展開や描写は,さながら現代の警察ミステリを彷彿させるものがあります(前作の感想で,クライマクス・シーンに『新宿鮫』のような手触りを感じたのは,けっして偶然ではないのかもしれません)。
 そしてもちろん,宮部作品の最大の特色ともいうべき,登場人物たちの「心のあや」も,十二分に書き込まれています。ふたりめの失踪者お律と,その妹お玉との葛藤,家族内に潜むトラブルの萌芽,あるいはまた良家に嫁ぐおあきに対する父親政吉の屈折した想い・・・当たり前の日常生活に沈殿した,さまざまな「心の闇」が,怪事件の発生と緊密に結びついている点は,モダン・ホラー的な味わいをも兼ね備えていると言えましょう。

 つまり,時代小説作家,人情小説作家,ミステリ作家,ホラー作家という,多彩な「顔」を持ったこの作者の持ち味が,この1作の中にすべて注ぎ込まれているように思われます。それと,お初と右京之介との軽妙なやりとり−とくに「猫」をめぐる右京之介のスラプスティク−にユーモアがあふれているところも,この作者らしいですね。

 ところで本作品中,「有田焼」という言葉が出てきますが,江戸時代,佐賀県有田で焼かれた磁器は,同じく佐賀県の伊万里港から出荷されたことから,江戸や大坂では「伊万里(利)焼」と呼ばれていて,「有田焼」と呼ばれるようになるのは明治以後です。以上,単なる蘊蓄自慢でした(^^ゞ

01/09/23読了

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