森博嗣『数奇にして模型』講談社ノベルズ 1998年

「もし,彼女を殺したら,僕は貴方を殺します」(本書より)

 国立M工業大学の実験室で,扼殺された女子学生が発見された。実験室は鍵のかかった密室状態。その部屋の鍵を持つ大学院生が,翌朝,模型交換会が開かれた公会堂の一室で,気を失っているところを発見された。女性の首なし死体とともに・・・。

 「犀川&萌絵シリーズ」の9作目です。
 このシリーズは,途中にシリーズ外の独立した短編集『まどろみ消去』をはさんで,それ以前とそれ以後に分かれます(「前半」と「後半」と呼んでしまっていいのかどうかは,いまのところ不明ですが)。『まどろみ』以前の本シリーズは「理系ミステリ」という名称で差別化がはかられているとはいえ,どちらかというとオーソドックスな本格ミステリといった趣が強いのではないかと思います(「理系ミステリ」という言葉は,むしろ登場するキャラクタや小道具に冠された名称のように思います)。
 それに対して,『まどろみ』以後の本シリーズは,たしかに本格ミステリとしての文法を踏襲しつつも,作品そのものが(あるいは複数の作品が組み合わさって)ひとつの「仕掛け」となるような傾向が目につきます。同じシリーズであり,また本格ミステリでありつつも,『まどろみ』以後の作品群には,そういったさまざまな試みがなされるようになったのではないかと思います。
 この作品も,そんな一連の流れの中にあるもので,もちろんネタばれになるので書けませんが,ある「仕掛け」が施されています。その「仕掛け」はアンフェアぎりぎりのような感じがしないでもなく,「騙される快感」に爽快感がともなわない分,前作『今はもうない』ほどには楽しめませんでした。
 ところで,この作品,そういった「仕掛け」の部分をさっぴいてしまうと,いまひとつもの足りない感じがします。とくに前半の展開が,よくいえば「淡々と」といった感じなのでしょうが,悪く言えば「単調」なところがあって,個人的には少々退屈でした。で,後半に入ると,まるで前半の地味さを埋め合わせするかのようなド派手な事件が勃発するのですが,普通のミステリであれば,じつはこの事件の真犯人は(単純な引き算で)見当がついてしまいます。しかしこの作品の場合,読者はなかなかそれに思い至れないようになっています。なぜか? それはこの作品に,先に書いたような「仕掛け」が施されているからです。いわば,この作品に施された「仕掛け」は,作中事件の単純さを覆い隠す「目眩まし」として機能しているように思えてなりません。
 ミステリというのは,作中における「探偵vs犯人」のゲームであるとともに,「作者vs読者」との間のゲームでもあります。ですから,この作品で用いているような手法があってもけっしておかしくはないのですが,「巧い」と呼ぶか,「ずるい」と呼ぶかは,個人の趣味,好き嫌いになるのでしょう。

 さていよいよ本シリーズも次回作『有限と微少のパン』で第10作。カヴァに書かれている「次作以降の予定」には,この作品のあとは掲載されていません。また,次回作の英文タイトルは“The Perfect Outsider”。デビュウ作『すべてがFになる THE PERFECT INSIDER』と対になっています。
 いよいよ次回でシリーズ完結か?
 あの人物は再登場するのか?
 そして今回「どうして一人のままなのか。どうして一人のままでいようとするのか。」と自問自答する犀川と萌絵の恋の行方は?

98/07/12読了

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