森博嗣『今はもうない』講談社ノベルズ 1998年

 ネタばれはしていませんが,本書を,先入観なしにお読みになりたい方には,あまりお薦めできない感想になっていますので,ご注意を!

 嵐によって孤立し,電話線も寸断され外界と連絡が取れなくなった山中の別荘。その夜,隣り合った密室で発見されたふたつの死体。自殺なのか? 他殺なのか? 他殺ならばどのようにして密室は構成されたのか? そしてふたりの手帳に残された「PP」という記号の意味は? さまざまな仮説が提示され,そして反証される。犀川と萌絵がたどり着いた真相とは・・・

 ミステリ,とくに本格ミステリを読むときの心構え(?)は人それぞれでしょうが,わたしの場合,ふたつの相反する気持ちを抱えて読み始めます。
 ひとつは「騙されんぞ」という気持ち。「犯人は誰か?」「トリックはどんなものか?」などなど,自分なりに想像しながら読み進めます。その一方で,「騙されたい」という期待のような気持ちを同時に持っています。犯人が探偵を含む登場人物に仕掛けるトリック,作者が読者に仕掛けるトリック,それらに「気持ちよく騙されたい」という気持ちがあります。ですから,わたしにとって,「騙されんぞ」という気持ちを凌駕して「気持ちよく騙された」ときこそが,もっともミステリを楽しめるときと言えましょう。
 そういった意味で,本作品は,「やられたぁ」という感じですね。ウェッブ上で「騙された」「驚いた」という評言が飛び交っていたので,かなり「騙されんぞ」という意識が強く,読みながらいろいろと結末を予想してはいたのですが,その分,「なるほど,そう来たか!」といった驚きが大く,楽しく読めました。「あれ?」と思ったところを読み返しても,うまい具合に処理していて感心しました。

 ただ素直に「\(^o^)\」をつけられないのは,この作品が「萌絵&犀川シリーズ」第8作だからこそ成り立っている仕掛けだからです。もしこの作品を単体で読んだ読者にとっては,「騙された」という気持ちは持っても,はたして「気持ちよく」感じるかどうか,ちょっと疑問に思いました。「ミステリのトリックは単体でなければいけない」なんて原則はないでしょうから,それはそれでかまわないのですが,少々読者に「甘えている」と感じてしまいました(もちろん,キャラクタにばかり頼っている一部の「シリーズもの」よりも,はるかに質が高いのは言うまでもありません。好きな作家だけに,期待するハードルが,どうしても高くなってしまいます(^^;;)。
 ところで,今回の仕掛け,このシリーズのいつくらいから考えていたんでしょうね(笑)。

 う〜む,この作品については,抽象的な感想しか書けんぞ!(笑)

 それにしてもこの作者は,あいかわらず,タイトルの付け方が巧いですね。

98/04/19読了

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