森博嗣『まどろみ消去』講談社ノベルズ 1997年

 デビュー以来,超ハイペースで新作を刊行している森博嗣の今度の作品は,11編よりなる短編集です。この作者のこれまでの作品には,かっちりとした明快な論理性とは裏腹に,犯人の動機や登場人物の行動様式などに,どこか「世界の不安定さ」というか「認識の不確定さ」といったものが色濃く漂っているように思えます。『封印再度』の各章の見出しに「十牛図」を使っていることも,もしかするとそんな嗜好と関係するのかもしれません。この作品集では,どちらかというとそんな部分が強調されたような作品が多いように思われます。ただそんな雰囲気を前面に押し出すと,「明快な論理性」には馴染んでいた乾いた文体が,妙に生硬なものに感じられ,読んでいてい少々退屈します。また似たような作品が同じ作品集に入っていると,白けるようなところもあります。

「虚空の黙祷者」
 夫が殺人の容疑をかけられ失踪。それから5年後,妻・ミドリはローンの残っている家を売り払い,引っ越そうとするのだが…
 なんとも不思議な味わいのある作品です。陽光によりすべてが真っ白に漂泊された真夏の真昼,陽炎の中に浮かぶ幻のような。そんなこの世のものとは思えない雰囲気が効果的な作品です。
「純白の女」
 白いペンキ塗りの小さな駅舎。大きなトランクを提げ,ひとり降りた“私”を,あの子は追ってきた…
 途中でオチが見当がついてしまいました。ただわたしは××だと思っていたのですが,じつは××だったのには驚きました(ネタばれになるのであまり書けません)。
「彼女の迷宮」
 夫は大学教授でミステリ作家。じつは妻が代筆していることを,編集者も気づかない…
 作中作がどんどんどんどんとんでもない展開を見せ,いったいどうなるんだ,と思っていたところに,くるりと反転,巧いオチです。そして妻の心理,これもまた一種の「狂気」なのでしょうか?
「真夜中の悲鳴」
 深夜,ドクター論文のために実験室に籠もるスピカ。奇妙な弾性波の発生を検出し,喜ぶ彼女だが…
 きっかけはおもしろいのですが,「前フリ」が長すぎて退屈,展開も凡庸なサスペンスという感じです。
「やさしい恋人へ僕から」
 スバル氏と出会ったのは大学2年の夏,大阪でだった。エキセントリックなスバル氏は,“僕”の名古屋の下宿までついてきて…
 綿密な伏線,巧みなミスリーディング,驚愕の真相。まぎれもなく「ミステリ」です,この作品は。しかし作者も人が悪い。最後に「やられた」と思ってしまいました。
「ミステリィ対戦の前夜」
 ミステリィ研究会恒例の競作批評会に参加した西之園モエは…
 なんでしょうか,これは? 作者の意図がよくわからないし,またネタも辻○先が以前使ったものだし。この作品以降,この作品集は急速につまらなくなるような気がします。
「誰もいなくなった」
 西之園萌絵らN大ミステリィ研究会は,「ミステリィツアー」を開催。四方に見張りがいるにも関わらず,記念館の屋上から,30人のインディアンが忽然と消え…
 衆人監視下の人間消失の謎を,犀川先生が解く本格物です。こういう設定でないと使えないトリックでしょうね。オチがあっさりしすぎていて,物語としてはあまり…。
「何をするためにきたのか」
 淡々と,そして平凡に大学生活を送る甲斐田フガクの前に現れた奇妙な人物たち…
 こういった大学の文芸同人誌にでも出てきそうな作品は,はっきり言って苦手です。
「悩める刑事」
 今の仕事は自分に似合わないのではないか。三枝モリオは悩んでいた。しかし妻のことを考えると…
 結末でのひねりが効いています。ただこの作品を独立して読めば,それはそれなり楽しめたと思うのですが,似たような作品を同じ作品集で読むのはちょっと…。
「心の法則」
 人に自由に錯覚させる「心の法則」を知っているというモビカ氏。しかし“私”は,彼の話より,彼の姉の姿に気を取られ…
 結末で“世界”がくるりと反転する作品はけっこう好きですが,この作品はちょっと唐突すぎて,とまどってしまいます。
「キシマ先生の静かな生活」
 “僕”が尊敬するキシマ先生は,大学の助手だけど,とびっきりの天才で…
 “僕”は犀川先生? それとも作者? 「キシマ先生」というキャラクターはなかなかおもしろいとは思いますが,「だからなんなんですか?」という印象しか持てません。奥さんが自殺しても「学問の王道」は歩けるものなのでしょう。そういう「王道」を歩く人に対する評価は人それぞれでしょうが,後味がいいとは言えませんね。

 楽しめた作品がいくつかありましたので,顔マークは「(-o-)」ですが,全体的な感想としては,かなり「(*o*)」に近いです。

97/07/10読了

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