森博嗣『夏のレプリカ』講談社ノベルズ 1998年

 西之園萌絵の友人・簑沢杜萌とその家族が誘拐された。が,誘拐犯3人のうち,ふたりが射殺体で発見され,もうひとりは行方不明。誘拐事件は奇妙な結末を迎える。しかし,時を同じくして杜萌の盲目の兄・素生が姿を消した。彼もまた誘拐されたのか? そして誘拐犯を殺した犯人は?

 前作『幻惑の死と使途』が奇数章だけで成り立っているのに対し,本作品は偶数章より成り立っています。前作での予告(?)通り,「有里匠幻殺人事件」と同時期に並行して起こった「簑沢泰史誘拐事件&誘拐犯殺害事件」が,語られています。凝った構成なんでしょうが,あくまで同時進行ということらしく,内容的にふたつの作品がリンクしているわけではないようです(ないですよね? 読み足りないのかもしれませんが(^^;;)。

 しかしこのような構成は,第4章で作者自身が述べているように,ひとつ重要な意味があるように思えます。つまり「普段だったら,友人の身に起こった奇妙な事件ということで,真っ先に首を突っ込むであろう萌絵が,なんで途中まで積極的に介入しないのか?」ということを理由づけするということです。その結果,おのづから物語は,杜萌の視点を中心に語られることになります。もちろん,誘拐事件の担当捜査官である長野県警の西畑刑事も中心的な人物のひとりですが,この人はむしろ事件の細部に見られる謎や矛盾,齟齬を明らかにし,事件の展開を“整理”する役回りのように思えます。

 つまり,このような構成をすることによって,萌絵や犀川が途中まで事件に首を突っ込まないことに理由づけを行い,その結果,事件を杜萌を中心に描き出し,そのことが,この作品の中心的な“仕掛け”になっている,というような趣向の作品ではないかと思います。
 そういった意味で,これまでの「犀川&萌絵シリーズ」としては,少々異なるテイストを持っているといえるでしょう。むしろ『まどろみ消去』のいくつかの短編に近しい作風ではないかと思います。

 さて事件そのものは,作中でもいわれていますように「地味」な感じがします。前作の「派手な」事件との対比の妙を意識しているのかもしれませんが,途中でおおよそ見当がついてしまうところが難ですね。先述したような仕掛けの趣向が十分生かされているか,というのは,少々ためらわれます。もう少し気の利いた伏線がほしいところです。それとエンディングのワンシーン。暗い結末に救いが見られるところではありますが,そうするとなんとなく腑に落ちないところが出てしまいます。
 けっこうサクサク読めて楽しめたのですが,いくつか消化不良の部分があったのが残念ですね。

 それにしても,犀川先生,以前“ガッチャマン”などと口走っていましたが,今度は“キカイダー”と“エイトマン”ですか。次が楽しみです(笑)。

98/01/24読了

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